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「婆ちゃんから聞いたことあります。村の外で活動するなら、必ず会うことになるだろうって」  名刺を覗き込んでいた幸人が言って、男が頷く。 「朱鷺子さんですね? 彼女には何度もお世話になりました」 「婆ちゃんを知ってるんですか?」 「もちろんですとも、彼女はこの業界では有名でしたから。……立ち話もなんですから、こちらにどうぞ」  男が手で示した方向には、民家のブロック塀と電信柱しかない。  困惑する二人を気にも止めず歩き出すと、振り返った男が手招きした。 「この近くにいい店があるんです、お近づきの印にご馳走しますよ」  言いながら電信柱とブロック塀の間に出来た、人一人がギリギリ通ることの出来る隙間に入って行く。  その瞬間、男の姿が陽炎のように揺らいで見えなくなった。 「おい、消えたぞ」 「多分、結界か異界の入り口があるんだと思います」  男に着いて行こうとする幸人の腕を、龍之介が慌てて捕まえる。 「待て待て、罠だったらどうする?」 「大丈夫ですよ。ご飯をご馳走してくれる人は、みんないい人っすから!」 「お前なぁ……。知らない奴にお菓子あげるって言われても、絶対について行くなって教わらなかったのか?」  今時、小学生でも怪しい大人について行くことはないだろう。  眉根を寄せた龍之介を見て、幸人がふふんと鼻を鳴らした。 「もー、龍之介さんは心配性だなぁ」 「お前に危機感がないだけだ」  ただでさえ綺麗な見た目をしているのだ、下心を持って近づいて来る不審者だっている。  その上、村に連れ戻されれば遅かれ早かれ殺されるのだ。  幸人の行動はあまりに軽率だが、それが自らの運命を受け入れているが故だと思うと、やるせない気持ちになる。  深刻な表情を向ける龍之介を安心させるように、幸人が笑った。 「例え何かあったとしても、龍之介さんは帰してもらえるようにお願いするんで。安心してください」 「馬鹿野郎、俺はお前の心配をしてんだ」  両頬をつまんで引っ張れば、幸人が「うぐぅ」とうめき声をあげる。 「他人事みたいに言いやがって……。いいか? 俺は絶対にお前を置いて逃げたりしないからな」  怒気を孕んだ声で言いながら、龍之介がぐにぐにと頬をこねくり回す。  幸人はされるがままになりつつも、眉尻を下げて龍之介を見上げた。 「守ってやるって約束したろ?」 「でもぉ……」 「でもじゃない。何があっても俺から離れないって約束しろ」  幸人がコクコクと何度も頷いて、龍之介はようやく頬から手を離したのだった。  薄っすらと赤く染まり、ヒリヒリと痛む頬を幸人が両手でさする。 「霊能力者って奴は、普通に喧嘩すりゃ勝てるのか?」 「俺たちも人間だから、暴力には弱いっすけど……。最初にやるべきは口を塞ぐことっすね」  護法や式神を呼び出すには名前を呼ばなくてはならないし、呪文を唱えなければ発動しない術も多い。  祓い屋の口さえ封じられれば、比較的簡単に無力化出来るだろう。

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