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「ついでに手も縛っちゃえば、御札や手印も使えないので安心っす」  例えば、修験道には人を金縛りにする術なんてものも存在するのだ。  油断したところで術をかけられて動けなくなる、なんて可能性もないわけではない。  念には念を入れるべきだろう。 「そうか、妙な真似したら歯と指折ってやりゃいいんだな?」 「お、折るのはちょっと……」  物騒なことを言いながら龍之介がボキボキと指を鳴らして、幸人が怯んだように頬を引きつらせた。  確かに、痛みは集中力を削ぐが……。  指を折られる想像をしてしまって、幸人がギュッと両手を握り合わせる。 「バカだな、俺がお前相手にそんな真似するわけねぇだろ?」 「それは分かってますけど……」  わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられて、幸人が思わず首をすくめた。 「出来るだけ穏便に済ませましょう、穏便に」 「まぁ、善処はしてやるよ」 「それはする気がない人の返事だって、さっき言ってたじゃないっすか!」  不満げに口を尖らせた幸人に、龍之介がニヤリと笑ってみせた。 ◆◆◆◆  電信柱とブロック塀の間を通り抜けた瞬間、景色が百八十度変わる。  直前まで目にしていた住宅街は姿を消し、かわりに木々に囲まれた野っ原に、ぽつんと古びた木造平屋が建っていた。  後ろを振り返ってもアスファルトで舗装された道や、背の高いビル群は一つも見当たらない。  草花と土の匂いが鼻をくすぐって、二人はここが完全なる山の中だと理解した。 「すごい、迷い家だ……! 俺、初めて来ました!」 「まよいが?」 「聞いたことありませんか? 訪れると富を授かるって言われてる、山中にある家の話」  ざぁっと柔らかな風が吹いて、幸人の髪を揺らす。  昔話や童話のようなものだろうか?  しばし考えてから首を横に振った龍之介に、幸人が語る。  山で迷った旅人が、偶然たどり着くことがあるという家。それが迷い家だ。  伝承の中では、迷い家の中は無人だが、ほんの数秒前まで人がいたかのような様相を呈しているらしい。  その家の中から物を持ち帰ると、幸運が訪れると伝わっている。 「昨今は迷い家にたどり着く人も少なくなりましてねぇ。リノベーションして、古民家カフェにしたんですよ」 「え、そんなこと出来るんですか?」  歩き出した男に着いて、二人も民家に近づいた。  木造平屋は思っていたほど傷んでおらず、きちんと人の手で手入れがされていると分かる。  軒下には大量の玉ねぎが吊るしてあり、玄関脇に『喫茶マヨヒガ』と書いた看板が置いてあった。  その近くで、数匹のニワトリが地面をつついている。 「お好きな席へどうぞ」  男が引き戸を開けて、二人を店内へと促す。  警戒しつつも足を踏み入れれば、途端にコーヒーのいい香りがした。

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