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「俺は一人暮らしに憧れてたりするんすけど……」  バニラアイスをつつきながら、幸人が小さく呟く。  質素でもいい。自分だけの部屋を借りて、一人の生活というものをしてみたかった。  食べたいものを食べて、好きな服を着て街を歩く。  時には深夜のコンビニに行って、不摂生をするのもいい。  何より、村では出来なかったアルバイトをしてみたかった。  普通の人間のように、普通の生活をしてみたい。  ささやかではあるが、幸人の叶えたい夢の一つだ。 「もしもの時はご連絡ください、いつでもお力になりますので」  土師の言葉に幸人が返事をして、龍之介がふんと鼻を鳴らす。 「話はこれで全部か?」 「そうですねぇ……。あぁ、現在の村の様子に興味はありますか?」  ピタリと幸人の動きが止まった。  スプーンを置いて、視線を机に落としたまましばし考える。 「知りたくない……って言ったら嘘になります。けど、ちょっとだけ、聞くのが怖いです」  村の人々は幸人を頼っていた。  彼らを助け、幸せへと導くことこそが自分の役目だったのだ。  しかし、その役目を放棄した今、村人たちはきっと自分を恨んでいるに違いないと幸人は思う。 「俺はあの人たちを見捨てて、自分一人の幸せを優先したんです。きっと、みんな幻滅したと思います」  これから先、あの村では大小様々な問題が起こるだろう。  厄を祓い、豊穣や健康を祈るものはもういない。  供犠を失い、一切の儀式を行えないことで、神の怒りを買う恐れもあるのだ。  そうなれば最悪の想像も容易い。  自分のせいで罪もない村人たちが酷い目に遭っているかもしれないと思うと、罪悪感と後悔で胸が重くなる。 「自分の幸せを求めることの何が悪い? お前はもっとわがままになればいいんだ」  しゅんと俯く幸人の頭を、龍之介ががしがしと撫でた。  そんなやり取りを見ていた土師が、どことなく言いづらそうな表情で頬をかく。 「なんというかですね、その……。恐らく皆さん、それどころじゃないかもしれませんよ」 「どういうことですか?」 「お二人が車で村を出たのと同時刻に、村長宅で火災が起こっているんですよ。……幸人くん、心当たりはないですよね?」  驚いて目を丸くした幸人を庇うように、龍之介が口を開いた。 「コイツは寺からずっと俺と一緒にいたんだ、火なんか付けられるわけねぇだろ」 「彼くらいの霊力を持っていると、そのくらいは簡単に出来てしまうんですよ」  朱鷺子さんもよく悪霊を燃やしていたなぁ、と呟いて、土師が遠い目をする。  絵面を想像して、龍之介がそのシュールさになんとも言えない表情をした。

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