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 喫茶マヨヒガの扉を開け、一歩外に出る。  その瞬間、目の前に広がったのは見慣れた住宅街だった。 「戻って来たのか」 「そうみたいっすね」  後ろを振り向いても、そこに森や古民家はない。  まるで白昼夢でも見た気分だったが、内ポケットの中のフォークと土師の名刺が夢ではないことを告げている。 「お前が来てから、にわかには信じられねぇことばっか起きるな……」 「嫌ですか?」  ぽつりと呟いた龍之介を、幸人が不安げに見上げた。  拒絶されることが怖いのだろう。窺うような表情を見て、龍之介がふっと笑う。 「バカ言え、毎日楽しいくらいだ」  優しい手つきで髪を撫でてやれば、幸人が安心したように笑った。 「それじゃ、残りのお札を貼りに行きましょう! みんなを待たせないようにしないと」 「別に、好きなだけ待たせてやりゃあいい。どうせ俺たちに文句なんて言えやしねぇんだ」 「ダメっすよ! ほら、行きましょう!」  ぐい、と龍之介の手を引っ張って、幸人が先を急ぐ。  張り切る後ろ姿を見ていると、思わず口元が緩んでしまう。  自身の手を握る細い指を、龍之介がギュッと握り直した。 ◇◆◇◆◇  それから数日間は、何もない日々が続いた。  電信柱に貼った御札たちは沈黙を貫き、新たな被害者が出ることもない。  穏やかではあるが、逆にこの静けさが不気味に思えてしまう。 「今日も進展はなしっすね……」  日課となったパトロールをしながら、二人は肩を並べて住宅街を歩いていた。  近隣の神社仏閣や祠に至るまで、出来る限りで調べはしたのだが、どこも異常な穢れや零落神のいる気配はない。  手がかりの一つも見つけられない状況に、幸人の顔にも焦りの色が見えてきた。 「ま、気長に待つしかねぇだろ」 「でも、それじゃ結奈ちゃんの命に関わります。俺がなんとかしないと……」  思い詰めたように呟く幸人の頭を、龍之介がポンポンと撫でる。 「お前はよくやってくれてるよ。それは俺が一番よく分かってる」  幸人と四六時中一緒にいる龍之介だからこそ、その頑張りを理解していた。  一日も休まず結奈に繋がる手がかりを探し、朝から晩までへとへとになって動き回る。  ようやく帰宅したかと思えば、古ぼけた手帳を読み漁り、なんとか解決の糸口を見つけようとする幸人を誰が責めることなど出来ようか。 「だから、ここいらで一旦休憩しようぜ。こうも毎日仕事漬けじゃ、結奈を見つける前にお前が倒れるぞ」 「大丈夫っすよ。俺だってそんなに柔じゃないんで」  龍之介を安心させるように、幸人が笑う。  その笑顔は頼もしいが、ふとした瞬間に見せる横顔に疲労を感じることも事実だ。  仕事熱心なのはありがたいが……龍之介がため息をつく。

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