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「いざって時にお前がへたってちゃ、どうにもなんねぇだろ? 犯人が現れた時に百パーセントの力を発揮出来るようにしとくのも、プロの仕事だぜ?」
「それはそうかもしれないけど……。でも、ジッとしてらんないんすよ」
「どうして?」
「今こうしてる間にも、結奈ちゃんは生きるか死ぬかの瀬戸際なわけじゃないっすか。なのに、俺は龍之介さんちで美味しいごはん食べて、温かいベッドでぬくぬくして……」
なんの成果も得られずとも、龍之介は変わらず幸人に良くしてくれる。
三食美味しい食事を用意し、なんなら昼寝をしたって責めたりしない。
むしろ「いつも頑張っていて偉い」なんて褒められるのだ。
少々特殊な生い立ちを背負っていても、幸人だって人間である。
褒められることも甘やかされることも嫌いじゃない。
しかし、今の状況では素直に喜べなかった。
「何言ってんだ、飯も睡眠も生きてく上で必須だろうが。んなことに責任感じる必要ねぇよ」
俯く幸人の頭を龍之介が撫でてやる。
「お前が毎食三杯飯食おうが毎日十時間寝ようが、誰も責めねぇよ」
「俺、そんなに食べないし十時間も寝ないです!」
「例え話だ」
くつくつと笑う龍之介を見て、幸人が頬を膨らませる。
「相変わらず仲がいいのう」
「あ、お爺ちゃん」
地面を滑るように移動しながら、老人が二人に近づいて来る。
あの日以来、この老人とはよく遭遇するようになった。
どうやら宣言通りに幽霊仲間とパトロールをしているようなのだが……この幽霊仲間が増えすぎて、今では逆に幸人の仕事を増やすことになっている。
「お爺ちゃんもパトロールですか?」
「うむ、幽霊は暇じゃからなぁ」
はっはっは、と老人が笑った。
幽霊たちの中には、孫がこの地域に住んでいるから危ない目に遭わせたくない。と息巻いていた老婆や、死んでから話し相手もおらず寂しいから。といつの間にか混ざっていた青年もいた。
だが、ほとんどの幽霊は日がな一日やることがないと語り、パトロールをイベントのように捉えているものも多い。
なんなら自分たちを自警団と称して、ごっこ遊びのようなことをしている連中もいる。
「ったく、遊びじゃねぇんだぞ」
「んなこと分かっとるわい。いざとなったらワシらも戦うつもりじゃ」
胸を叩いた老人を見て、龍之介が肩をすくめた。
正直に言って、幽霊たちには全く期待していない。
一部のものは共闘すると言ってくれてはいるが、彼らに幸人のような力はないのだ。
せいぜい足止めにしかならないだろう。
「大半の幽霊は逃げ出すだろうよ」
「あはは……。まぁ、協力したいっていう気持ちは嬉しいんですけどね」
困ったように眉尻を下げて笑った幸人が、ピタリと歩みを止める。
「なんじゃ? 何か妙な匂いがせんか?」
「匂い?」
老人に言われてくんくんと匂いを嗅いでみるが、龍之介には分からない。
いつも通りの嗅ぎ慣れた街の匂いがするだけだ。
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