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「……大丈夫ですか?」 「おう、武者震いだ」  龍之介がニヤリと笑ってみせる。  幸人は"龍之介なら霊的なものに攻撃が通る"と言っていた。  実際に試してはいないが、殴って解決するのは得意分野だ。  暴力が通用するのなら、追い払う手伝いくらいは出来るだろう。 「幽霊の一人や二人、予行練習にぶん殴っとけばよかったな」 「悪いことしてない人を殴るのは可哀想ですよ」  拳を握った龍之介を、幸人が困ったように見上げた。  その時だ、つんざくような悲鳴が空気を揺らす。 「今のは……」 「こっちです!」  声のした方向に向かって、二人が駆け出した。  誰かが零落神に襲われているのだろう。  しかし、結奈の時は死んだ母親に化けて連れ去るという手口を使っていた。  今回も同じ方法で人間に接触したのなら、あんな悲鳴は上がらないはずだ。  走りながら、龍之介の胸の内に嫌な可能性が思い浮かぶ。  先ほど聞こえた悲鳴からして、今回の被害者は子どもだ。  もしも結奈の弟である龍樹が襲われていたなら……今回は、なんとしても神隠しを阻止しなければならない。  静まり返っていたはずの結界内で、人の声がする。  最初は不明瞭だったその声は、現場に近づくほど何を言っているのか聞き取れるようになった。 「こら、やめんか!」 「ひぇぇ、やっぱり僕らじゃ無理ですよぅ!」 「おい小僧、もっと早く走れ! 追いつかれるぞ!」  路地を抜けた先。  広い道に出た二人は、目の前に広がる光景に息を呑む。  わぁわぁと大騒ぎしながら必死に駆ける少年。  その背後に迫るのは、公園で見た異形の神だ。  まるで体を覆い隠すように、零落神の周囲を漂う黒いモヤ。  引きずるほど長い黒髪に、異様に細長い体。  零落神は枯れ枝のような腕を伸ばして少年を捕まえようとするが、周りに集まった幽霊たちが懸命にそれを阻む。 「龍樹?」 「叔父ちゃん……!」  少年……郡司龍樹は、龍之介の顔を見てくしゃりと顔を歪めた。  今にも泣き出しそうな表情で、懸命に走る。 「疾風迅雷、千福!」  手印を結んだ幸人の鋭い声が響くと同時に、溶け出すように千福が現れた。  宙に浮かぶ千福の周りで、風切り音をたてながら空気が渦巻く。  龍之介は、本能的にソレが危険であると理解した。 「お前ら、伏せろ!」 「ふっ切って放つ、さんびらり!」  龍之介が叫んだのと同時だった。  ごう、と脇をすり抜けた風に、思わず目蓋をつむりそうになる。  目にも止まらぬ速さで龍樹のすぐ横を飛んだ千福は、倒れ込む幽霊たちを掠めて零落神の右肩に直撃した。  瞬間、黒い液体を撒き散らしながら、龍樹に向かって伸ばしていた右腕が宙を舞う。 「今のうちにあの子を!」 「お、おう!」  一歩、二歩とよろめくように後ずさり、零落神が足を止めた。  その隙に龍之介が龍樹を担いで戻って来る。

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