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◇
「お前、結構容赦ねぇな」
「あんなの時間稼ぎにしかならないっすよ」
眉根を寄せて前方を睨む幸人。
その視線を追えば、ゆらりと天を仰ぐ零落神がいた。
ぼこりと肩の断面が泡立ち、黒い液体が凝り固まっていく。
二人の目の前で、零落神の右腕がゆっくりと再生し始めた。
「マジかよ……」
「正直、想像以上です。こんなに強いなんて……」
指先まで元通りになった右腕の感覚を、確かめるように動かす。
腕を曲げ、指を折り。零落神が真っ直ぐに二人の方を向いた。
長い前髪で表情は見えないが、視線は感じる。
幸人、龍之介、龍樹と視線を滑らせて、がぱりと大きく口を開けた。
「あぁ、あ……」
ヒューヒューと鳴る呼吸音の合間に、掠れた声が漏れ聞こえる。
零落神は腕を伸ばし、歩みを再開した。
「全然効いてねぇってことか」
「万福、その子を守ってあげて」
ふわりと現れた万福が、返事をするように触覚を震わせる。
それから先導するように龍之介の前に出て、ゆっくりと飛んだ。
「すぐ戻って来る」
「はい……待ってます」
龍之介を見上げて薄く笑んだ後、幸人はすぐに零落神に向き直った。
「千福!」
幸人の呼びかけに応じて、千福が零落神に体当たりをする。
ぐらりと上体が揺れるが、零落神は歩みを止めない。
本当なら、今すぐにでも幸人と共に立ち向かいたかった。
だが、龍樹を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
龍之介は後ろ髪を引かれる思いで走り出す。
いくつかの角を曲がったところで先を飛んでいた万福が止まって、龍樹を下ろした。
目線を合わせるために龍之介がしゃがみ込む。
「大丈夫か? 龍樹」
「うん」
龍樹が涙目で頷いた。
見た目にも怪我はなさそうで、龍之介はホッと息をつく。
それから「よく頑張ったな」と優しく頭を撫でてやった。
「全く、死ぬかと思ったぞ!」
「何言ってるんですか、僕たちとっくの昔に死んでますよぅ」
聞こえた声に振り向けば、いつの間にか背後に幽霊たちが立っていた。
龍樹が怯えたように龍之介の服を掴むが、思い直して幽霊たちを見上げる。
「オバケさん、さっきは助けてくれてありがとう」
「いいってことよ。でも、まだ油断すんじゃねぇぞ坊主」
腕を組んだガテン系の幽霊がニッと笑った。
彼らは龍樹を守るように囲み、周囲を警戒している。
「コイツのこと、任せてもいいか?」
「もちろんだよ。向こうじゃアタシたちみんな、役に立てそうにないからねぇ」
言って、老婆の幽霊が振り返った。
ここからでは見えないが、その方向では今まさに幸人と零落神が戦っているのだろう。
「龍樹、少しの間ここで隠れてろよ」
「叔父ちゃん、行っちゃうの?」
「あぁ、悪いやつをやっつけなきゃいけねぇからな」
強気に笑って、龍之介が立ち上がる。
龍樹は不安げな表情で龍之介を見上げていたが、意を決したように表情を引き締めると、電信柱の影に隠れた。
「分かった、僕ここでジッとしてる!」
「おう! 万福、龍樹を頼むぜ。」
万福はひらりと羽ばたくと、龍樹の近くに降り立つ。
それを確認してから、龍之介は急いで幸人の元へと走った。
千福の攻撃を受けて腕が千切れても、何事もなかったように回復する。
あんな化け物を相手に、どう戦えばいいのか龍之介は考えていた。
幸人に秘策があるなら、自分は時間稼ぎに徹すればいい。
(俺が行くまで持ち堪えてくれよ、ユキ……!)
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