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「お前、結構容赦ねぇな」 「あんなの時間稼ぎにしかならないっすよ」  眉根を寄せて前方を睨む幸人。  その視線を追えば、ゆらりと天を仰ぐ零落神がいた。  ぼこりと肩の断面が泡立ち、黒い液体が凝り固まっていく。  二人の目の前で、零落神の右腕がゆっくりと再生し始めた。 「マジかよ……」 「正直、想像以上です。こんなに強いなんて……」  指先まで元通りになった右腕の感覚を、確かめるように動かす。  腕を曲げ、指を折り。零落神が真っ直ぐに二人の方を向いた。  長い前髪で表情は見えないが、視線は感じる。  幸人、龍之介、龍樹と視線を滑らせて、がぱりと大きく口を開けた。 「あぁ、あ……」  ヒューヒューと鳴る呼吸音の合間に、掠れた声が漏れ聞こえる。  零落神は腕を伸ばし、歩みを再開した。 「全然効いてねぇってことか」 「万福、その子を守ってあげて」  ふわりと現れた万福が、返事をするように触覚を震わせる。  それから先導するように龍之介の前に出て、ゆっくりと飛んだ。 「すぐ戻って来る」 「はい……待ってます」  龍之介を見上げて薄く笑んだ後、幸人はすぐに零落神に向き直った。 「千福!」  幸人の呼びかけに応じて、千福が零落神に体当たりをする。  ぐらりと上体が揺れるが、零落神は歩みを止めない。  本当なら、今すぐにでも幸人と共に立ち向かいたかった。  だが、龍樹を危険な目に遭わせるわけにはいかない。  龍之介は後ろ髪を引かれる思いで走り出す。  いくつかの角を曲がったところで先を飛んでいた万福が止まって、龍樹を下ろした。  目線を合わせるために龍之介がしゃがみ込む。 「大丈夫か? 龍樹」 「うん」  龍樹が涙目で頷いた。  見た目にも怪我はなさそうで、龍之介はホッと息をつく。  それから「よく頑張ったな」と優しく頭を撫でてやった。 「全く、死ぬかと思ったぞ!」 「何言ってるんですか、僕たちとっくの昔に死んでますよぅ」  聞こえた声に振り向けば、いつの間にか背後に幽霊たちが立っていた。  龍樹が怯えたように龍之介の服を掴むが、思い直して幽霊たちを見上げる。 「オバケさん、さっきは助けてくれてありがとう」 「いいってことよ。でも、まだ油断すんじゃねぇぞ坊主」  腕を組んだガテン系の幽霊がニッと笑った。  彼らは龍樹を守るように囲み、周囲を警戒している。 「コイツのこと、任せてもいいか?」 「もちろんだよ。向こうじゃアタシたちみんな、役に立てそうにないからねぇ」  言って、老婆の幽霊が振り返った。  ここからでは見えないが、その方向では今まさに幸人と零落神が戦っているのだろう。 「龍樹、少しの間ここで隠れてろよ」 「叔父ちゃん、行っちゃうの?」 「あぁ、悪いやつをやっつけなきゃいけねぇからな」  強気に笑って、龍之介が立ち上がる。  龍樹は不安げな表情で龍之介を見上げていたが、意を決したように表情を引き締めると、電信柱の影に隠れた。 「分かった、僕ここでジッとしてる!」 「おう! 万福、龍樹を頼むぜ。」  万福はひらりと羽ばたくと、龍樹の近くに降り立つ。  それを確認してから、龍之介は急いで幸人の元へと走った。  千福の攻撃を受けて腕が千切れても、何事もなかったように回復する。  あんな化け物を相手に、どう戦えばいいのか龍之介は考えていた。  幸人に秘策があるなら、自分は時間稼ぎに徹すればいい。 (俺が行くまで持ち堪えてくれよ、ユキ……!)

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