89 / 100
◇
「答えてください! あなたの望みはなんですか?」
「……う、ぁ」
微かに、零落神の喉から声が漏れた。
幸人に向かって腕を伸ばし、歩みを再開する。
思わず後ずさりしそうになったが、幸人はなんとかその場に踏みとどまった。
千福を呼び戻すと、傍に控えさせる。
零落神が何か伝えようとしているのか、少年の代わりに幸人を連れて行こうとしているのかは分からない。
だからこそ、その真意を探る必要がある。
「……っ!」
零落神が近づくにつれて、空気中を漂う穢れが濃くなる。
村で人々の厄を食べていた頃でさえも、これほどまでの穢れは見たことがない。
もしもこのレベルの穢れが村の近くで確認されていたなら、自分はすぐに埋められていただろうなと幸人は思う。
千福が威嚇するように大きな羽音をたてた。
(龍之介さん、怒るかな)
再三に渡って龍之介に言われた「無茶をするな」という言葉を思い出す。
龍之介は自分のことを心配してくれている。それは分かっている。
だが、今の幸人の実力では、無理をする他ないのだ。
どんな言い訳をするか考えておかなければいけないな。なんて独りごちて、幸人は再び零落神に呼びかける。
「俺に出来ることなら力になります。だから、聞かせてください」
「たす、けて」
「え?」
予想外の言葉が飛び出して、幸人は瞳を見開く。
聞き間違いか? と思ったのも束の間、零落神が再び口を開いた。
「たすけて」
今度ははっきり"助けて"と聞こえた。
聞き間違いなどではない。零落神は確かに、幸人に助けを求めたのだ。
零落神が目の前まで迫る。
長い髪の間から覗く真っ黒な眼孔が、幸人を見下ろした。
「あなたに、何があったんですか? どうしたら助けられますか?」
緊張で声がうわずる。
それでも、幸人は覚悟を決めた。
逃げることなく零落神と向き合い、その二つの暗闇を真っ向から見据える。
指先の震えは、ギュッと拳を握って隠した。
怖気付いている暇などない。
零落神が手を伸ばす。
途端に目の前がくらりと揺れて、幸人は眉を寄せた。
世界が回って、キーンという耳鳴りがする。
(あ……これ、ダメかも)
意識が遠のき、膝から力が抜けていく。
前のめりに倒れ込む幸人の耳に、龍之介の声が聞こえた気がした。
◇◇◇◇
「幸人っ!」
龍之介が戻って来た時、目の前で幸人が膝を折った。
力無く崩れ落ちるその背中を見て、心臓が強く脈打つ。
自分がいない間に何があった? やはり一人にするべきではなかったのだ。
零落神が手を伸ばし、幸人の体を受け止める。
その様子を見て、龍之介は舌打ちをした。
「そいつに触んな!」
臆することなく零落神に駆け寄り、幸人を握りしめた手に向かって拳を打ちつける。
肉を殴った感触はあった。
だが、零落神はびくともせず、幸人を離す素振りも見せない。
その上、零落神に触れた拳にチリチリと焼け付くような痛みが走る。
ともだちにシェアしよう!

