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◇
それでも龍之介は怯まない。
痛みを無視して両手で零落神の指を掴むと、全力でこじ開けようとした。
「こんの……離せっつってんだよ!」
固く閉ざされた指が、少しずつ開いていく。
苛立つように唸り声をあげた零落神が、ぶんと拳を振るった。
たったそれだけの動きでも、龍之介の体はいとも簡単に吹っ飛ぶ。
ブロック塀に背中を叩きつけられ、肺から息が漏れた。
「くそ、馬鹿力め」
アスファルトに手を付き、零落神を睨む。
立ち上がった龍之介に「大丈夫か?」とでも言うように、千福が寄り添った。
「お前のご主人さまが捕まってんだぞ? ちったぁ手ぇ貸せよ」
その言葉に答えることもなく、千福はジッと龍之介を見ている。
幸人の命令でなければ聞かないのだろうか?それとも、幸人が手を出すなと命令しているのか……。
短くため息をついて、龍之介は零落神に向き直った。
力比べでは完全にこちらの負けだ。
真正面からぶつかっても、今と同じ結果になる未来しか見えない。
ならば、どうやって幸人をとり戻す?
幸いと言うべきか、零落神は龍之介を脅威だとは判断していないようだ。
追撃をすることも無ければ、警戒した様子もない。
ただ、うるさい蝿を追い払ったようなものなのだろう。
(幸人を連れて行かせるわけにはいかねぇ)
それこそ終わりだ。
幸人がいなければ結奈は見つからず、零落神を止めることも出来ない。
新たな被害者だって増え続けることだろう。
(どうする? どうすれば幸人を助けられる?)
歯噛みする龍之介の脳裏に、喫茶マヨヒガでの様子がよぎる。
「もしかして、幸運の食器ですか?」
それは、熊のような店主が龍之介に差し出した食器を見て、幸人が言った言葉だ。
「そうだ、フォーク!」
ジャケットの内ポケットから、喫茶マヨヒガのフォークを取り出す。
あの日からなんとなく持ち歩いていたのだが、まさか今が使いどころなのだろうか?
「なんでもいい、役に立ってくれよ!」
龍之介はフォークを固く握りしめると地面を蹴る。
勢いを乗せて振りかぶり、零落神の指目掛けて全力で振り下ろした。
「南無八幡!」
銀のフォークが零落神の指に突き刺さる。
その瞬間、金切り声を上げて零落神が幸人の拘束を緩めた。
しかし、龍之介はそれでは終わらせない。
フォークの柄を両手で持ち、さらに深く押し込む。
ぶちぶちと肉を断つ感触がして、黒い液体が雫となって落ちる。
「あああ、あああぁ!」
零落神が痛みに悶絶し、ついに幸人を取り落とした。
龍之介はすぐさま力の抜けた体を抱き上げると、零落神から距離を取る。
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