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◇
「ユキ、しっかりしろ!」
呼びかけながら頬を軽く叩くが、幸人は目を閉じたまま反応を示さない。
唯一の救いはしっかりと呼吸をしていることだ。
見たところ命に別状はなさそうで、龍之介が安堵の息をつく。
「喫茶店の店主に礼を言わなきゃな」
小さく呟いた龍之介の前で、零落神が後ずさった。
カランと音を立てて、フォークがアスファルトに落ちる。
先ほどのように、すぐ傷は塞がるだろうと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。
零落神は呻きながら傷ついた手を抱え、龍之介から距離を取る。
フォークによって出来た傷からは、いつまでも黒い液体が流れ続けていた。
どうやら再生しないらしい。
「まだやるってんなら、相手になるぜ」
零落神の視線を受け、幸人を守ろうと龍之介が立ちはだかる。
拳を構えた瞬間、零落神の体から黒いモヤが噴き出した。
それは煙幕のように視界を遮る。
龍之介は咄嗟に息を止め、横たわる幸人を抱きしめた。
少しでもモヤを吸わないように、頭を胸に引き寄せる。
どこから攻撃されてもいいように身構えていたのだが……モヤが晴れた時、そこに零落神の姿はなかった。
「逃げた、のか?」
呆気に取られた様子の龍之介の脇を、千福がすり抜ける。
振り向けば、千福は素早い動きで路地の向こうに消えていった。
気づけば、周りの音が戻ってきていた。
頬を撫でる風、遠くに聞こえる車の音。
龍之介は幸人を抱き上げると、そのまま龍樹の元へと向かった。
いろいろと考えたいことはあるが、このまま路地の真ん中でぼうっとしているわけにもいかない。
龍樹の無事を確かめ、幸人が目覚めるのを待つ必要もある。
「無茶ばっかしやがって……」
幸人が目覚めたら、しっかり説教をしてやらなければならない。
なんならそのまま数日間、部屋で謹慎させてもいい。
幸人は嫌がるだろうが、何度言っても聞かないのだから仕方がないだろう。
見張りをつけて、結奈探しは龍之介と部下で行なってしまおうか?
「本当に、困ったやつだ」
呟いて、龍之介は幸人の寝顔に視線を落とした。
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