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 さめざめと泣く少女は、寂しい寂しいと繰り返しています。  その姿が哀れに思えて、行者は怨霊を退治するのではなく、鎮めようと試みます。 「キミは、寂しいから子どもたちをさらったんだね?」  少女が小さく頷きました。 「なら、私が寂しくないようにしてあげよう。しかし、そのためにはたくさん良い行いをして、人間を助けなければいけないよ」  出来るかな? と問いかけた行者を、黒目がちの瞳がおずおずと見上げます。 「みんなと、仲良く出来るの?」 「もちろん。私がキミを祀って、人間との間を取り持ってあげよう」  泣いていた少女の顔が、みるみるうちに明るくなっていきました。  少女は行者を真っ直ぐ見つめると、大きく頷きます。 「私、頑張る! みんなと仲良くしたいの!」  こうして行者は怨霊を祀り、村の守り神とすることに決めたのです。  山の中腹に祠と、山で死んでいった人々を供養するための地蔵を建て、村人たちと祭事をしました。  少女の穢れは清め祓われ、小さな神さまとなりました。  神さまとなってからの少女は、村のためにたくさんのことをしました。  村人たちが日照りに困っていると知れば、一里離れた沼に行き、龍神に頭を下げて雨を降らせてもらい。  山で迷うものがあれば、人里まで案内します。  田畑を荒らす獣や虫たちを追い払い、いつだって村人たちに寄り添いました。  そうすれば村人たちは喜んで、神さまのために小さな社殿を作ってくれます。  お参りをする人も少しずつ増え、秋には収穫を祝う祭りも催されました。  人間たちが神さまに感謝するほど、神さまの容姿も綺麗になっていきます。  ボサボサだった髪は切り揃えられたおかっぱに、土で裾の黒くなっていた着物は、汚れもほつれもない赤い着物に。  行者の言った通り、人々のために頑張った神さまは、ひとりぼっちではなくなったのです。  小さな神さまは、人々のためにさらに張り切りました。  その結果、村では何年も大きな災いが起こることもなく、人々は幸せに暮らすことが出来るようになります。  しかし、時代が下るにつれて、人々の信仰心もどんどん薄くなってしまいました。  神さまを知る村人たちが歳を取るにつれて、祭りの頻度は少なくなり、参拝者も減ってしまいます。  村が町と名前を変えた頃、山の中腹の社に来るのは、数人の老いた氏子のみとなっていました。 「俺はもう引退だ。お前も早く人間に見切りをつけて、帰るべき場所に向かった方がいい」  一里先の沼地に住む龍神は、小さな神さまに別れを告げて、天に昇っていきました。  龍神の住処は、人間たちによって埋め立てられることが決まったのです。  一抹の寂しさを覚えながら、神さまは社殿を見回しました。  ボロボロになった室内、劣化した屋根。  草も伸び放題ですが、手入れをしてくれる氏子はいません。  それでも、神さまは人間を見捨てることが出来ませんでした。  楽しい記憶を思い返しながら、来ることのない人間たちを待ち続けます。

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