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◇
人間は、神さまの元を訪ねて来なくなりました。
最後の氏子の顔を見たのは、もう何年も前のことです。
手入れが行き届かなくなった社殿は崩れ、あちこちに穢れが溜まり、昔の賑やかだった頃の面影はもうありません。
神さまは、自分の中に再び"寂しい"という感情が芽生えていることに気づいていました。
たくさん頑張って、たくさん町を守ったのに、人間たちは神さまを忘れてしまう。
それがとても悲しくて、涙が溢れて来ます。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。
涙も枯れ果てた頃。
小さな神さまは、神さまではなくなっていました。
指先はひび割れ、綺麗な着物も艶やかだった黒髪も、見る影もないほど荒れています。
そして、狂おしいほどの寂寥感が心の中を支配していました。
かつての小さな少女は、もういませんでした。
人々を助け続けた優しい神さまは、元の寂しい怨霊に戻っていたのです。
ひとりぼっちは寂しい、友達がほしい。
消えることのないその衝動に突き動かされて、ついに足を踏み出します。
人間が来ないなら、自ら赴いて連れてくれば良い。
そうすれば、いつまでも一緒にいられるし、悲しんでいる人間を、今まで通り幸せにしてあげることも出来るのです。
◇◇◇◇
気づくと、幸人は暗闇の中に立っていた。
ぐるりと周囲を見渡すが、前も後ろも黒一色で、山も村も何もない。
見下ろせば、不思議なことに自身の体はくっきりと確認出来た。
どうやら明かりがないから見えない、というわけではないらしい。
「千福?」
先ほどまで近くにいた護法の名を呼んでみるが、反応はない。
気配を探れば、千福も万福もここにはいないことが分かる。
繋がり自体が途切れているようだ。
「……これから、どうしよう?」
幸人がぽつりと呟く。
先ほどまで見ていた映像は、零落神の記憶だろう。
ならば、ここは零落神の支配する空間に違いない。
なんらかの方法で連れ込まれたのだろうが、どうすれば出られるのか分からなかった。
(早く帰らないと、龍之介さんに怒られる)
ため息をついた幸人の耳に、微かに音が届く。
ぐす、ぐす、と子どものようにしゃくりあげて泣く音。
幸人は音を頼りに歩き出す。
右足を出し、左足を出し。
自分では前に進んでいるつもりだが、こうも黒一色ではちゃんと歩けているのかも不安になってくる。
それでも、立ち止まるという選択肢はなかった。
ここが零落神の作り出している空間なら、泣いているのも零落神だろう。
元の場所に帰るには、零落神と話しをするしかない。
もしも、話が通じなければ……。考えかけて、幸人が頭を振る。
今そんなことを考えたって仕方がない。やるしかないのだ。
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