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◇
どれほど歩いただろうか?
目の前の黒に、ぽつりと人影が浮かびあがる。
近づいてみれば、しゃがみ込んだ小さな女の子が、両手で顔を覆って泣いていた。
色褪せた赤の着物に、綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭。
それは、神として祀られていた頃の零落神の姿だ。
「えっと……大丈夫?」
なんと声をかければいいのか迷った末に、出た言葉がそれだった。
零落神の前にしゃがみ込んで、震える背中を優しくさすってやる。
「分かってるの……ダメなこと、してるって。でも、止められないの」
嗚咽混じりに言われた言葉。
だから、零落神は幸人に「たすけて」と言ったのだろう。
自分で自分を止められない。
寂しいという感情のままに、人間を次々とさらってしまう。
「なら、俺に任せて。こう見えてもプロだから、あなたが連れて行った人たちも、あなたのことも、ちゃんと助けるよ」
幸人が安心させるように笑いかけると、零落神はようやく涙で濡れた顔を上げた。
差し出した手を零落神がおずおずと掴み、幸人が手を引いて立ち上がる。
「ありがとう……」
立ち上がった零落神は、俯いたままはにかむように笑った。
幸人の手のひらの温度を確かめるようにギュッと握り、それから上を見る。
「お友達が、あなたの帰りを待ってる」
幸人も釣られて見上げるが、そこにあるのは先ほどから変わらず黒のみだ。
お友達というのは、きっと龍之介のことだろう。
意識を失う直前、龍之介の声を聞いた気がするが……。
幻聴でなければ、彼は本当に幸人を助けに戻って来たのだ。
それが嬉しくて、口元が自然と弧を描く。
「龍之介さん、心配してるだろうから。早く帰ってあげないと」
開口一番、叱られるだろうか?
それとも、目覚めてよかったと安堵の息をつくのだろうか?
龍之介のことだから、どちらも同じくらいあり得る。
あの人は少し心配性だ。
「私たちの居場所は、あなたの護法が教えてくれる」
その時、どこからか光が差した。
太陽が地平線から顔を出すように、白い光が黒に慣れた目を射る。
眩しさに思わず目をつむった幸人から、零落神が手を離した。
「必ず来てね、約束」
「待って、これだけ聞かせて! あなたが連れて行った人たちは、まだ生きてるの?」
結奈がさらわれた日から、すでに何日も経ってしまっている。
他の被害者たちはもっと長い時間、捕らわれているのだ。
体調に問題はないのか? 死んでいないのか?
それだけでも聞いておきたかった。
まぶたの裏でも分かるほど、光が強くなる。
光を手で遮ろうとかざすが、視界はみるみる間に白一色に染まった。
もはや目を開けることも出来ない。
「今はまだ大丈夫。けど、いつまで続けられるか分からない」
零落神の声が頭の中に響く。
意識が、白に飲み込まれて薄れた。
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