97 / 100

 どれほど歩いただろうか?  目の前の黒に、ぽつりと人影が浮かびあがる。  近づいてみれば、しゃがみ込んだ小さな女の子が、両手で顔を覆って泣いていた。  色褪せた赤の着物に、綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭。  それは、神として祀られていた頃の零落神の姿だ。 「えっと……大丈夫?」  なんと声をかければいいのか迷った末に、出た言葉がそれだった。  零落神の前にしゃがみ込んで、震える背中を優しくさすってやる。 「分かってるの……ダメなこと、してるって。でも、止められないの」  嗚咽混じりに言われた言葉。  だから、零落神は幸人に「たすけて」と言ったのだろう。  自分で自分を止められない。  寂しいという感情のままに、人間を次々とさらってしまう。 「なら、俺に任せて。こう見えてもプロだから、あなたが連れて行った人たちも、あなたのことも、ちゃんと助けるよ」  幸人が安心させるように笑いかけると、零落神はようやく涙で濡れた顔を上げた。  差し出した手を零落神がおずおずと掴み、幸人が手を引いて立ち上がる。 「ありがとう……」  立ち上がった零落神は、俯いたままはにかむように笑った。  幸人の手のひらの温度を確かめるようにギュッと握り、それから上を見る。 「お友達が、あなたの帰りを待ってる」  幸人も釣られて見上げるが、そこにあるのは先ほどから変わらず黒のみだ。  お友達というのは、きっと龍之介のことだろう。  意識を失う直前、龍之介の声を聞いた気がするが……。  幻聴でなければ、彼は本当に幸人を助けに戻って来たのだ。  それが嬉しくて、口元が自然と弧を描く。 「龍之介さん、心配してるだろうから。早く帰ってあげないと」  開口一番、叱られるだろうか?  それとも、目覚めてよかったと安堵の息をつくのだろうか?  龍之介のことだから、どちらも同じくらいあり得る。  あの人は少し心配性だ。 「私たちの居場所は、あなたの護法が教えてくれる」  その時、どこからか光が差した。  太陽が地平線から顔を出すように、白い光が黒に慣れた目を射る。  眩しさに思わず目をつむった幸人から、零落神が手を離した。 「必ず来てね、約束」 「待って、これだけ聞かせて! あなたが連れて行った人たちは、まだ生きてるの?」  結奈がさらわれた日から、すでに何日も経ってしまっている。  他の被害者たちはもっと長い時間、捕らわれているのだ。  体調に問題はないのか? 死んでいないのか?  それだけでも聞いておきたかった。  まぶたの裏でも分かるほど、光が強くなる。  光を手で遮ろうとかざすが、視界はみるみる間に白一色に染まった。  もはや目を開けることも出来ない。 「今はまだ大丈夫。けど、いつまで続けられるか分からない」  零落神の声が頭の中に響く。  意識が、白に飲み込まれて薄れた。

ともだちにシェアしよう!