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◇
「ユキ……。頼む、目を覚ましてくれ」
暗闇から意識が浮上して、一番最初に聞こえて来たのは龍之介の声だった。
「お前がいなきゃ、これからどうすりゃいい? 俺はもう、一人で飯を食うなんてごめんだぞ」
左手に感じる心地よい体温。
その温もりを握り返して、幸人はゆっくりと目を開ける。
「……龍之介さん?」
「ユキ! 大丈夫か?」
勢いよく立ち上がり、幸人を覗き込んだ龍之介。
大きな手が頬に触れる。
心配そうに眉根を寄せた龍之介だが、その後頭部にしがみ付いた万福が、まるで大きなリボンのように見えて、幸人の口元がふにゃりと弧を描いた。
「ふふ、龍之介さんかわいい」
「あ?」
「リボンしてるみたい」
くすくす笑う幸人を見ていると、全身から緊張感と力が抜けていく。
龍之介はどさりとベッド脇に腰を下ろすと、長いため息をついた。
「思ったより元気そうだな……」
「心配してくれてたんですか?」
「当たり前だろ、バカ」
もしもこのまま、幸人が目を覚まさなかったら?
本当は、そう考えただけで居ても立っても居られなかった。
しかし、頼みの千福はどこかに飛んで行ったきり帰って来ず、万福に至っては先ほどからこの調子だ。
土師にも連絡してみたが、出来ることはないと言われ、途方に暮れる。
付喪神の時のようにキスをすればいいのか、それとも黙って見守るべきなのか。
考えていたらちょうど幸人が目を覚ましたのだ。
「辛くないか? キスは?」
幸人の髪を撫でながら龍之介が問う。
「大丈夫です。今回はあの時と違って、お話ししてきただけっすから」
「話? 零落神とか?」
幸人が頷いた。
ベッドから起き上がると、どう説明するべきか思案する。
龍一郎にも話を聞いてもらうべきだろうか?
いや、とりあえず結奈が無事なことだけ伝えておけばいいか。
「そうだ、あの男の子は?」
「龍樹なら無事だ。ありがとな、お前のおかげだ」
「みんなで頑張ったからですよ」
そう答えつつも、幸人ははにかんだように微笑む。
龍之介にお礼を言われると、どうにも胸の内がくすぐったい。
「零落神のこと、聞きたいですか?」
「気にはなるな」
「じゃあ、俺が見たことを全部話しますね」
そう言って、幸人はぽつりぽつりと語り出した。
零落神の過去、どうやって神になり、何が原因で零落したのか。
龍之介は幸人の話を黙って聞く。
一区切りがついたところで、眉間に皺を寄せた龍之介が口を開いた。
「神社ってのは、なくなる前に神をどうにかしないのか? 移動させるとか、成仏は……ちょっとちげぇか」
「普通はしますよ。神職の人にお願いして、神さまが元々いた神社に帰したり。引き取ってくれる神社があれば、お引っ越しさせたり」
稲荷なら稲荷へ、役目を終えた神にはお帰りいただくものだ。
しかし、零落神はどこにも所属していない神だった。
忘れられたのか、神自身があの地を離れることを拒んだのかは分からない。
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