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「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ。って言葉があるんすけど……。あの人は、まさしくこの言葉の通りの神さまだったんです」  人間にそうあれかしと望まれて、神になった。  人間のために存在し、人間のために尽くした。  そんな神だったからこそ、信仰がなければ耐えられなかったのだろう。  俯いた幸人が、ギュッとシーツを握った。 「龍之介さん……。俺、あの人も助けたいです」  暗闇の中、ひとりぼっちで泣いていた少女。  人間がもう少しだけ、零落神に心を割いてやれていれば、この神隠し事件は未然に防げたのではないか?  そんな考えを捨てきれない。 「お前の気持ちは分かる、人間側にも落ち度はあった。でも、んなこと出来るのか?」  龍之介は先ほど相対した零落神を思い出す。  あの時は喫茶マヨヒガで貰ったフォークがあったからなんとかなったが、通常、生身の人間が敵うような相手ではないだろう。  悔しそうに眉根を寄せた龍之介が、ギュッと手のひらを握る。  事実、龍之介だけの力では、零落神から幸人を助け出せなかった。  また同じような状況になれば詰みだ。 「龍之介さん、手のひらを見せてください」 「お前が気にするようなもんじゃねぇよ」 「ダメです。怪我してますよね?」  幸人が差し出した手に、龍之介がしぶしぶ自らの手を重ねる。  零落神の体に直接触れた手のひらは、火傷をしたように赤くなり、小さいが水ぶくれの跡もある。 「龍之介さんでも、こんな風になるんだ……」  幸人がぽつりと呟いた。  龍之介は人よりも生命力が強い。  そのため、一般的な人々よりも穢れに耐性がある。  だから、ある程度は零落神との接触も問題ないと思っていたのだが……。 「ごめんなさい、俺の見通しが甘かったです」  朱鷺子が龍蔵に用意した手袋の意味を知る。  いくら人間離れしているとはいっても、やはり人間の域からは出られないのだ。  龍之介は、幸人とは違う。  その事実をあらためて実感して、少し寂しくなる。 「お前が無事ならそれでいい」  龍之介が幸人に笑いかけた。  それを見て、幸人もぎこちなく笑みを返す。 「ただ、次は頼むぜ。何をするにしても、俺はお前を守らなくちゃならない」  一度相対したことで、怪異と戦うということの無謀さを龍之介は痛いほど理解していた。  このままでは零落神を相手にする幸人の横で、役に立てずに見ているだけ、なんてことになりかねない。  肉の壁になる覚悟はあるが、やられっぱなしは性に合わない。 「分かってます。もう怪我はさせませんから」  幸人が真剣な表情で龍之介を見つめる。  その視線に応えるように、龍之介は頷いた。

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