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第3話

 その数十分後、章は真っ白の礼拝堂のような場所で、白装束の高齢男性に囲まれていた。 「ほお……これが――いやこの方が召喚神子」 「やはり先王の予知は本当であったか……しかしベータだとか」 「それは陛下が相手ならどうとでもなるじゃないか。しかし貧弱だな」  背もたれのない椅子に腰かけた章は、品評会に出された盆栽の気分を味わっていた。  一体自分が今どういう状況に置かれているのか、全く分からない。  ここに自分を案内した神官長エドゥアルドが、優しく章に声をかけた。 「突然のことで驚いているでしょう」  章は修復予定だった本を抱きしめながら、尋ねた。 「あの……自分の状況が全く分かっていないんですが、召喚神子というのは……そしてムゼ王国って初めて聞く国で一体何がなにやら」 「何から説明すればよいか、僕も召喚神子と会うのは初めてだから難しいのですけど……」  エドゥアルドはそう前置きして、召喚神子の仕組みを教えてくれた。  本を通じて次元の違う場所から、国王を救う神子を召喚するものだ――と。 「いや、ちょっと待ってください」  章は手の平をエドゥアルドに向けた。 「次元? 国王を救う? 神子? 召喚? えっ、え?」  頭から変な汗がだらだらと流れる。  これが天国か夢でなければ何だろうか。おおよそ現実世界では聞くことのない言葉の羅列に、章は混乱した。  自分を取り囲む神官たちは「無知じゃ」などと、まるで章が頭が悪いかのように哀れみの視線を送ってくる。  エドゥアルドだけが笑顔で応対してくれる。 「そうですね、簡単に言うと、国王の番になるために召喚させてもらったのです」  もっと分からなくなってしまった。  混乱する章に、エドゥアルドがひとつひとつ説明してくれた。  まず、ここは自分の住んでいた世界ではなく、違う次元の世界にあるムゼ王国だということ。地図を見せてもらうと、章の知っている世界地図とは全く違うものだった。  海には五つの大陸が浮かび、ムゼ王国ほか八つの国で構成されるパティマ大陸は比較的温暖なエリアにある。  その大陸の最西端にあるのがこの国。人口は四百万人に満たないというから、章はぼんやりと静岡県を思い浮かべた。地図の縮尺が分からないので国土の規模は分からないが。  なぜ自分が違う世界に引きずり込まれたのかというと、この神官たちが儀式で呼び寄せていたからだそうだ。  ギフテッドアルファ――有り体に言えば超能力持ちのムゼ国王が、その能力を完全に覚醒させるために。  というのも、言い伝えが残っているのだという。  過去にも超能力が完全開花していない王が時折現れるが、その際は神殿が神子を召喚。召喚神子は王の補佐役となって王の超能力を覚醒させてきた……と。 「その誰もが、王の番となり、ギフテッドアルファとしての力を覚醒させてくれました」  エドゥアルドは両手を組んでうっとりと語った。 「その番とか、ギフテッドアルファという能力が理解できないのですが……」  章の問いに、彼はぴりっとした空気を醸し出した。聞いてはならなかっただろうか。 「ギフテッドアルファは、定期的に王家に現れる特殊なアルファなのです」  別の神官が、この世界の生殖システムについて教えてくれた。  男女とは別に第二の性――アルファ、ベータ、オメガ――があるのだという。  アルファは「優性」とも言われ、身体・知性ともに恵まれた性。ベータは何事においても平均的な水準の性。そしてオメガは男でも子を産むことができる性であり、アルファとフェロモンで惹かれ合う――というものだ。  男女で所帯を持つと「夫婦」と呼ばれるが、第二の性でアルファとオメガがカップルになると「番」と呼ばれる。その違いは「番は魂で結びつくので離縁ができない」ということらしい。  一度アルファに番にされたオメガは、首に咬み跡が残り、他のアルファを受けつけなくなるのだという。先ほど身体の隅々まで検査をされた章は、ベータだったと説明を受けた。  その第二の性の中でも、王家にのみ生まれる「ギフテッドアルファ」は別格の存在だった。 「ギフテッドアルファの能力は、大きく分けて三つ。まずは、身体・知性ともに桁違いの潜在能力があること。意中の相手がどんな性でもオメガ化させて自分の番にできること。そして――『未来を見る』ことです」  数十年に一度、王家の血筋に生まれるギフテッドアルファは、この『未来を見る』という能力で国を繁栄させてきた。 (予知能力みたいなものか……)  なくてはならない能力なのだが、たまに一部の能力が発現しない者がいるのだという。 「歴代の王たちは、自分と同様に特別な能力を持つ神子を番にすることで完全覚醒してきたようなのです」  ある者は空を飛ぶ能力者であり、ある者は星の声を聞くことができる星見であり、ある者は高度な知略計略に長けた軍師だったという。  取り囲む神官たちが、自分に冷ややかな視線を向けていた理由をここにきてようやく知る。 (能力者として召喚したはずの神子が、平凡そうだから不安なんだ) 「君を召喚するのを反対する人たちもいたのですよ。召喚神子は〝災いつき〟ですから」 「災い……つき……?」 「能力の覚醒と引き換えに、厄災をもたらす存在でもあるから軽々に召喚の儀式はするな、と伝えられているのです」  でもね、とエドゥアルドは続ける。 「僕は運命だと思うんです、数十年に一度、神子召喚として異次元に送り込んできたこの本を手にしたということは、神に導かれた証拠ですから。災いなんか乗り越えられるはずなのです……!」  どうやらこの本が、召喚の通行手形ということらしい。  章は、言っておかねばならない、と手を挙げた。 「あの……ごめんなさい、これ、俺の本じゃないんです」  持ち主はすでに他界していて、希少な本だろうからと調査と修復のために預かったのだ――と章は丁寧に説明する。  神官たちがざわめいた。神官長のエドゥアルドも、なぜか狼狽えている。 「で、では……君の能力は……」 「ないです。俺、ただの図書館……こちらで言う書物庫の職員です。特技は速読と本の整理、修復です」  物語のようなことが起きてしまっても、自分はそこで主人公になれないのだ。  ハズレくじの人生なのだから。

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