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第4話 ビジネスマンの悲しきさが〈side大城〉

「超有名老舗旅館の『こうのや』さんとお知り合いになれるなんてラッキーでしたよ。な、篠崎?」 「え? あ、はい、まぁ……」 「いえいえ、僕と知り合いになったところでなーんもええことありませんて。ねぇ、真くん?」 「えっ? いや、知らないけど……」  篠崎を間に挟んで、俺は狐目野郎にこれでもかというほどの営業スマイルを向けてやった。  よく見ると、俺と背丈は同じくらいか。ほっそりとした体躯ながら隙がなく、狐目ながらも上品そうな瓜実顔は、涼しげに整っている。薄笑みをたたえた唇は、いくらでも軽薄な台詞を吐いてしまえそうに艶めいていて、何から何までうさんくさい。薄茶色いの髪色といい白い肌といい、全体的に色素が薄めなせいか、背後に白い狐が見えてきそうだ。 「ねぇ真くん、せっかくこんなとこで会えたんやし、この後ひさびさに飲みに行かへん?」 「行きません。僕にはまだ仕事があるんで」 「まあまあ、ええやん。最後に会ったのいつやった? もう何年も前やろ?」 「……」  困惑顔でそっぽを向こうとする篠崎の視線の先にひょいひょいと回り込みながら、高野はニコニコしながらしつこく誘いをかけている。スラックスのポケットに手を突っ込み、長い身体を軽く屈めながらうろうろする姿からは、篠崎の視界になんとしてでも入ってやろうという気概を感じる。  止めに入ろうかと思ったが、俺は見守ることにした。俺が手を出すほど危険な雰囲気はないし、これは篠崎自身の人間関係だ。俺がずけずけ割り込んでいくまでもない。自分で対処すべきことだ。  するとそのうち、高野のしつこさに辟易したのか、篠崎はジロリと目線を鋭くして高野を睨んだ。吊り上がった眉や不機嫌な顔からは明らかに高野を遠ざけたいという強い意志を感じるが、初めて目の当たりにする篠崎の険しい表情に、俺は思わずキュンとしてしまった。 「だから、行かないって言ってるから! ……ほら、もういいでしょ。行きましょう、大城さん!」 「おう」 「まぁまぁまぁまぁ、ほな大城さんも行きません? 真くんが今どんなふうに働いてはんのか、僕めっちゃ聞きたいわ〜」 「それは直接本人に尋ねればいいでしょう」 「それにそれに、真くんが昔どんな子やったかとか、知りたくありません?」 「……そ、それは……」  ……それは知りたい。純粋に、ピュアな気持ちでものすごく知りたいところではある。  だが、どこからどう見ても篠崎は高野に関わりたくなさそうだし、さっさとこの場から立ち去りたいというオーラをビシバシ感じる。ここはひとつ先輩らしく、ビシッとこの男を遠ざけなくては……!! 「残念ですが、我々は急いでいますので……」 「飲みの席やったら、『こうのや』と『マルハナ』さん、ええお話ができそうやけどなぁ」 「う」 「『マルハナ』さん大手やし、うちのような鄙びた温泉旅館とのお付き合いなんてお呼びでないかもしれへんけど……親しくしといたら、まあまあええことあるかもしれませんねぇ?」  じり、と一歩俺に近づいてきた高野が、思わせぶりにそう囁く。 『こうのや』は日本国内のみならず、世界のVIPがお忍びで訪れる高級老舗旅館だ。世界中の有力者を顧客にもつ『こうのや』と取引ができたら、それは会社にとってもお得満載。無意識のうちに、俺は脳内の算盤がぱちぱちと弾いてしまったが……。  ——だがしかし!! どんな過去があったのかもわからない高野(こいつ)と篠崎を、これ以上引き合わせておくわけにはいかない! 見ろ篠崎の眉間の皺の深さを! 俺には想像できないくらいのストレスを感じているかもしれないじゃないか……!! 「分かりました。一杯だけなら付き合います」 「えっ!? いいのか!?」  俺が言葉に詰まっているうち、篠崎がキッパリした口調で高野に応じた。いつになく男らしい篠崎の姿があまりにも新鮮で、俺はしげしげと高野を睨む横顔を見つめた。 「パワハラで訴えたいところですけど……確かに『こうのや』と取引は、僕らにとっても悪い話じゃないので」 「……お、おう」 「ほな決まり〜。僕もまだ仕事あるし、18時にエントランスで待ち合わせっちゅうことで。飲み屋はこっちで選んどくし、なんも気にせんでええからね」 「わ……分かりました」  ぽん、と嬉しそうに手を打って、高野はさくさくと話を進めていく。そして話は済んだとばかりに笑顔を浮かべ、「ほなあとでね、真くん♡」と言い残し、人混みの中へ消えていった。 「よかったのか? 本当に。なんなら俺が断って……」 「僕はかまいませんよ。ちょこっとでも飲みに付き合っておけば、後々仕事の話もしやすいかもしれませんしね」 「篠崎……」  にこ、と俺には笑顔を見せてくれるものの、歩き出した篠崎の横顔は終始仏頂面だ。二人の関係が気になって仕方がないが、こんなところで根掘り葉掘り聞いている時間もない。俺たちはここに仕事をしにきているのだから。  気合いを入れ直してもらうべく、とん、と肩を叩くと、篠崎はハッとしたように俺を見上げた。 「まぁ、とりあえず気を取り直して次行こう。あとでゆっくり、話を聞かせてくれ」 「は……はい!」  少し不安げな篠崎に小さく笑みを返して、俺たちはふたたび商談に向かった。 

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