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第15話 離したくない〈side大城〉
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俺の作った料理を、篠崎は「美味しい、美味しい」といってぱくぱく食べた。
ちょうどよく味の染みた煮物。ふっくら仕上がった焼き魚、青菜の煮浸しや味噌汁。そして、土鍋で炊いた白ごはん。それらを目を細めてうっとりしながら食べてくれるものだから、俺もすっかり気分が良くなってしまう。
「僕なんて家じゃ野菜炒めくらいしか作らないのに、すごいなぁ」
「俺も普段は適当だよ、今日は特に気合い入ってただけで。篠崎、すげえ美味そうに食べてくれるから、嬉しかったな」
「あ……へへ。だって、すごく美味しかったので」
「よかったら、また食いにきてよ」
「はい、ぜひ」
ソファで食後のコーヒーを飲みながら、まったりとした時間を過ごす。ひとしきり料理の感想や次に何が食べたいかなどを話していたが、ふと、俺たちの間に沈黙が落ちた。
音を絞ったテレビからドラマの特集番組が流れているものの、二人同時に黙ってしまうと気まずいものがある。
ここへきた相手がセフレであれば簡単だ。沈黙とともに行為を始めてしまえば済むことだった。
だけど、相手は篠崎だ。なんの前触れもなくいきなりおっぱじめるわけにもいかないし、そもそも今日の一番の目的は”食事”。篠崎だって、そんなつもりでここへきているわけがないのだから、そろそろお開きにしたほうがいいのかもしれない。
——でも、もうちょっとここにいて欲しいな……。
ちらりと篠崎の様子を窺う。
篠崎はコーヒーの入ったカップを両手に包み込み、テレビを見るともなく眺めているようだった。ここへ初めて足を踏み入れた時のような緊張感は見て取れないし、なんなら結構寛いでいるように見える。
——映画観ようとかって誘えば、もうちょいここにいてくれんのかな。……ああ〜〜もう、普通のカップルってこういうときどうしてんだ?
身体で語り合う経験しかない俺には、かなりの難題だ。仕事よりもずっと難しい。
俺の戸惑いを反映するように、窓から見える空がどんよりと曇り始めている。昼前は真っ青な秋空が広がっていたのに、濃い灰色の重たげな雲が、空一面を覆い尽くそうとしていた。
その時、カッ!! とあたりが真っ白になった。
直後。空をメリメリと引き裂くような凄まじい雷鳴が、暗い空をつんざいた。ほぼ同時に部屋中の電気がバツンと消え、俺たちは思わず顔を見合わせる。
「わっ……! 停電か?」
「び、びっくりした……。かなり音近かったですよね、まさか雷が落ちたんじゃ……」
「どうだろう」
立ち上がり、窓から外を眺めてみる。
いつしか降り始めた雨はあっという間に勢いを増し、窓にぱたぱたと激しく叩きつけている。カッ……、とまたすぐそこで稲妻がひらめき、マンションが振動しているのではと錯覚するほどに激しい雷鳴が轟いた。
「うわ〜、ゲリラ豪雨だな」
「今日、昼頃からかなり暑かったですもんね」
俺の隣に立ち、篠崎もまた空を見上げた。濁流のように空から落ちてくる雨や、あちこちでフラッシュのように光る稲妻を前にして、少し不安げな顔をしている。
——あれ? まさか篠崎、雷が怖いとか?
もしそうだったとしたら、俺は全力をもって篠崎を雷から守るのだが? 部屋中のカーテンを閉めて雷が見えないようにして、篠崎の耳を両手で塞いで、怯えて震える身体をいつまででも抱きしめる所存だが……!?
「……きれいだなぁ」
ぽつりと篠崎がつぶやいた台詞は、予想していたものとは180度違っていた。
「え? 雷が?」
「はい。僕、雷見るのけっこう好きなんですよ。雷って危険だけど、きれいじゃないですか?」
「……へぇ」
少し驚いた。実は俺も、雷を見るのが好きだからだ。
大人げないことだが、ごろごろ遠くで雷鳴が聞こえてくるとそわそわする。
ついさっきまで快晴だった空に突如現れる暗雲。昼間の明るさが突然陰り、不穏な空気があたりを包む。
やがて、分厚い雲で低くなった空から雷鳴が轟き、雷光が縦に横にを空を切り裂く——……穏やかな空が突如牙を剥くかのようなその光景に、非日常性を感じるせいだろうか。
もちろん雷は危険だ。現に今、マンションは停電している。だけど俺は、そういう危険なところを含めて、雷に目を離しがたい魅力を感じてしまう。
祖父曰く、俺は幼い頃から雷が来るとはしゃぎだし、目を輝かせながら空を見上げて、雷が去った後は夢中になって稲妻の絵を描いていたらしい。
湿った風の匂いに雨の気配を察すると、その直後、本当に大粒の雨が降り始める。幼い頃は、空気の匂いや風の重みを今よりももっと濃厚に感じ取っていた。
28になった今も、雷の音を聞くと当時のワクワク感じを思い出す。いつどこに姿を表すかもわからない稲妻を求めて、何時間でも空を眺めていられた。
共感してもらえるようなネタでもないと思っていたから他人に話したことはなかったけれど、篠崎は俺と同じような気持ちで空を見上げているのだろう。それが思いのほか嬉しくて、篠崎の横顔から目が離せなかった。
そのとき、パッと部屋の電気が点いた。
雷雲に向いていた篠崎の瞳がふと我に返ったようにこちらを向き、うららかな笑顔が花開く。
「電気つきましたね……っ……」
ああ、やっぱり好きだ。この笑顔を誰にも見せたくない。早く、早く俺だけのものにしてしまいたい——……突き動かされるまま伸ばした腕の中に、俺は篠崎を閉じ込めていた。
「おっ……大城さ……」
「ごめん、少しだけ」
「あ……」
耳元で懇願すると、こわばっていた篠崎の身体から、少しずつ力が抜けてゆく。
篠崎の体温をリアルに感じる。細身の身体は、俺の両腕の中にすっぽりと収まった。
もどかしかった距離感を一気に飛び越えてしまうと、これまで以上に篠崎への想いが膨らんで、さらに愛おしさが募っていく。俺は腕に力を込めて、さらに強く篠崎を抱きしめた。
「……好きだ」
「っ……」
意図せず口から溢れた俺の告白に、篠崎がぴくりと身体を震わせる。
ムードもへったくれもないタイミングでいきなり抱きしめてしまったから、やっぱり怖がらせてしまったのだろう。そろそろ手を離して篠崎を解放し、「いきなりごめん」と笑顔で謝り、理性的なところを見せておかなくては……と、頭では考えている。
だけど、初めて触れ合うことのできた篠崎の身体を、まだ離したくない。ずっとこうしていたい。あたたかくて、いい匂いがして、可愛くて、愛おしい。好きで、好きでたまらない。
そのとき、するりと俺の背中に触れるものがあった。
篠崎の手が、俺の背中にそっと回されたのだ。
——っ……だ、抱き返してくれてる……!? 篠崎が、俺を……!?
肩口に触れていた額がさらに強く押し付けられる感覚に、俺は震えた。篠崎のほうからも、俺を抱きしめてくれている……!!
——う、うわ、うあ〜〜〜可愛い……可愛すぎる……っ! もうだめだ抱きたい、抱きたい、篠崎とセックスしたい………………でも、まだだめだ!! そんないきなりそんなことしたら、あっという間に怯えさせて”お試し”どころじゃなくなるだろうが……!!
篠崎の背に回していた手をぎゅっと拳にして、俺は深く長く息を吐いた。
そして、そっと篠崎の腕に手をかけ、断腸の思いで少しだけ身体を離す。
すると、上目遣いに俺を見上げる篠崎と視線が間近でぶつかった。距離にしてほんの十数センチ。
頬を薄桃色に染め、潤んだ瞳で俺を見つめる篠崎の可愛さをこの距離感で見せつけられて——……この数年保ち続けてきた先輩としての理性が、パリンと音を立てて砕け散った。
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