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第16話※ キスだけだから〈side大城〉
「ん……」
篠崎の頬に触れ、少し身を屈めて唇を重ねた。
唇が触れ合った瞬間、ぴくっ、と篠崎の身体がまた小さく震える。その反応には気づいていたけれど、俺はキスをやめられなかった。むしろ篠崎が逃げて行かないように腰を強く抱き、頬に添えていた手で滑らかな頬を引き寄せて、小さな唇を唇で撫でるように柔らかく吸っては離す。
初めは少し強張りのある唇だったけれど、小さなリップ音を響かせながら唇を重ねるたび、篠崎からじわじわと力が抜けていくのを俺は感じた。
背中に回ったままだった篠崎の手が、俺のシャツをぎゅっと握りしめる。そのかすかな仕草は、篠崎が俺の行為を受け入れようとしていることの表れのように感じられて、嬉しかった。歓喜と感動があいまって、興奮が高まっていく。
「篠崎。……好きだよ」
「ん、……ふ」
「……好きだ」
キスの隙間でふたたび愛の言葉を囁くと、篠崎の唇から力が抜け、さらに素直になってゆく。その隙をつくようにさらに深いキスを仕掛けてゆくと、ぎゅっ……と、さらに強く俺の背に縋る篠崎の手を感じ、だんだん頭の芯
のほうまで熱くなっていくようだった。
——舌、挿れたい。……いや、だめだ。これ以上したらだめだ。止まらなくなる……。
ぐるぐるぐると身体中を駆け巡る欲望を必死で宥めようとしたけれど、それはうまくいかなかった。
頬に添えていた手を後頭部に回して篠崎を捕らえ、柔く開きかけていた口内へなかば強引に舌を忍び込ませてゆく。
「ぁ……ふっ、ぅ……」
篠崎はやや驚いたように身を固くしたが、入り込んだ口内はとろけるように柔らかく、そしてとても熱かった。縮こまっている舌をあやすようにゆるく絡め合わせてみたり、上顎の裏や頬の粘膜をゆったりと愛撫する。
——ああ……くそ、気持ちいい……。
「ぅっ……ン……ん」
時折漏れる鼻から抜けるような甘い声が、俺の欲を加速させる。さらに深く舌を滑り込ませて、舌と舌を擦り合わせていると、硬さのあった篠崎の舌からもみるみる力が抜けてゆく。
強引に絡めてゆく俺のそれに柔らかく応える篠崎の舌遣いは拙いが、それが逆にたまらないほどいやらしい。いつしか喰らいつくように濃密なキスで篠崎を貪りながら、許しもなくシャツの中に手を入れて、ほっそりとした背中を撫で上げた。
「ぁ、あっ……!」
篠崎の肌はうっすらと汗に濡れ、吸い付くようになめらかだった。裸の腰をさらに強く抱き寄せると、否応なしに互いの下半身が密着する。俺のペニスはとっくに硬く硬く芯をもっているが、篠崎のそれもまた、少し硬さをもっている。
——……篠崎も勃ってる? キスで感じてくれてんのかな……うあ、やばい、どうしよ……。
そろそろやめなくては、本当に止まれなくなる。このままでは、初めてのデートでいきなり篠崎を襲いかねない。それほどまでに俺の頭も身体も激しいまでの熱を滾らせていて、放っておくと自分でも制御ができなくなってしまいそうだった。
——かわいい。好きだ。抱きたい、挿れたい……! でも、これ以上やるわけには……っ!!
そろそろ本当にやめなければいけない。これ以上獣じみた行為を押し付けてしまったら、確実に篠崎に怖がられるし、嫌われてしまう。
さっき以上の断腸の思いで、俺はそっと篠崎から唇を離した。やや乱れた吐息のまま「……ごめん、やりすぎたよな」と囁き、閉じていた目をゆっくりと開くと……。
「ぁ……おおきさ……ん」
頬も唇もまるで熟れた林檎のように赤く火照らせ、トロンと表情で俺を見上げる篠崎の表情に、股間がガツンと痛いほどに疼いた。思わず、密着したままの下半身をもう一度抱き寄せると、篠崎は「あっ……」と小さな悲鳴をあげ、膝から崩れそうになってしまう。
その反応に確かな手応えを感じてしまった俺は、ごくりと唾を飲み下す。よろめく篠崎を支えてソファに座らせ、篠崎の隣に腰を下ろした。
「……大丈夫か?」
「ご……ごめんなさ……力、はいんなくて……」
「いいよ。ていうか、俺のほうこそごめん。篠崎とキスするの気持ちよくて、止まんなくなった」
「ん、ん……」
気だるげにソファの背もたれに身体を預ける篠崎の唇に親指で触れると、ふに、と柔らかな弾力が返ってくる。
どちらのものともわからない唾液で濡れた下唇から漏れる吐息も、なおも蕩けきった眼差しで俺を見上げる篠崎の表情もすさまじくエロい。エロすぎて股間が痛い。
——ぜんぜん、嫌そうじゃないと思うんだけど……どうなんだ?
「……ぼくも」
「ん?」
「僕も大城さんとキスするの……気持ちよかったです」
「ほっ……ほんとに?」
「……はい」
俺に唇を触らせたまま、篠崎はこくんと頷いた。
かぁっと頭に血が上り、そのまま襲いかかって脚を開かせ、誰も触れたことのない篠崎のそこにはち切れそうなペニスをねじ込みたいような暴力的な気持ちが込み上げてくるが、俺は奥歯を噛み締めて必死に耐えた。
——篠崎は大事にしたい。大事に抱きたい。……いくら欲しいからって、ダメだ。そんなことしたら絶対にダメだ。
でも、もう少し。もう少しだけ、篠崎に触れていたい。
ずっと堪えていた気持ちを受け入れてもらえた上に、俺とのキスを気持ちいいと言ってもらえたのだ。感激すぎて目が回りそうだった。
「……もうちょっと、キスしてもいい?」
「あ、はい……」
「もし嫌だったら、ちゃんと言って欲しい。……でも俺、もっと篠崎とこうしてたいんだ」
「……っ」
篠崎の目がやや見開かれ、頬がぽっと赤くなる。きっと篠崎が引いてしまうくらい、情けない顔で懇願しているのだろう。だけどそんなことはどうでもいい。なりふり構わずキスを乞う自分を情けないと思う余裕はどこにもなかった。
すると、篠崎は何度か首を振り、たどたどしい口調でこう言った。
「い……いやじゃないですよ、もちろん。家に上がらせていただくからには、その……ぼ……僕だって、多少は覚悟……いや、覚悟っていうのはなんか違うな……期待? あっ、いや、期待っていうともっとおかしいかもですけど、」
「え、待って? 期待?」
ぴく! と今度は俺が全力で反応する。ガバッと顔を覗き込むと、篠崎は赤い顔をさらに真っ赤に染め上げながら俯いた。
「あっ。あ、えーと、いや、その」
「俺に何かされるかもって期待しながら、うちに来てくれたのか?」
「あー……えー……と」
「どうなんだ、篠崎」
いけない。勢い込んでしまうあまり、仕事口調みたいになってしまった。
思わず口を押さえて篠崎の様子を窺ってみると——……篠崎は今にも涙がこぼれ落ちそうに潤んだ瞳で俺を見上げて、小さくひとつ、頷いた。
「……す、すみません!! お、大城さんはそういう目的で僕を誘ったわけではないと重々承知の上だったのですが、こういうことに不慣れなもので色々とあることないこと想像してしまい、」
「ちょ……ちょっと待って。色々想像したってのは?」
「え!? いえ、あの、そんな、ええと…………」
今度はじわじわと篠崎の顔が青ざめていく。
そして俺も天を仰いで額を押さえ、「う、うあ〜〜〜……」と、訳のわからないため息をついた。
すっかりしゅんとなってしまった篠崎が、今度は蚊の鳴くような小さな声でこう言った。
「……すみません……大阪でキスが、忘れられなくて」
「なっ……!? そ、そうなのか!? ていうか、全くもってお前が謝ることじゃないのに」
「だ、だって、恥ずかしいし……その、大城さんが僕に何かすることを前提に、勝手にあれこれ想像していたことが心の底から申し訳なく……」
——いや、ちょっと待って可愛すぎていろいろ処理できないんだが。
「謝んないでよ。俺だって実際は……その……下心、あったし」
「っ……そ、そうなんですか?」
「当たり前だろ。ずっと好きだった人が、お試しであれ告白OKしてくれて、家にまできてくれるって状況だぞ? なにも想像しないわけないよ」
「……」
俯いていた篠崎がちらりと俺を見た。羞恥のあまり小さくなっている篠崎を安心させるように微笑んで、そっと、膝の上の拳に手を重ねる。
「じゃあもう少しだけ、俺は篠崎に手を出してもいいのかな」
「っ……」
「あ、最後まではしないからな! 襲ったりとか、そういうのはしない。絶対」
「わ、わかってます、そんな気はしてます……大城さんだから」
篠崎はそれだけ言うと再び俯いて、耳たぶや首筋まで真っ赤にしながら、絞り出すようにこう言った。
「手……出してもらって、大丈夫です」
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