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第19話 デリカシー0〈side篠崎〉

「いや…………これは、蚊に刺されたんだよ……」 「はい、嘘。真くんな、嘘つくときの顔わかりやすすぎんねん」 「う……」 「なぁ、まさかとは思うけど……」  じっ…………と涼しげな双眸がまっすぐに僕を見据える。全てを見透かすような視線に耐えかねて目線を逸らすと、由一郎は「はぁ〜〜〜〜〜………………」と重苦しいため息をついた。 「やっぱそや。大城さんやろ。ちゃう?」 「ぐっ…………ち、ちがう……」 「真くん、女の子苦手そうやなとは思ってたけど、そっちやったん?」 「い、いや! だから違うって言ってるだろっ」 「そやったんか……。うん……そういえば大学時代も、僕の友達が何人か真くんのことねろてたもんな。思えば素質あったんにゃろな、うん」 「だから」  否定しようと思ったが、これ以上は無駄なようなのでやめた。  どう説明したものかと黙り込んでいると、由一郎はベッドからするりと降りて床に正座すると、下から僕の顔を覗き込んだ。 「大城さんにゴリ押しされて無理やり付き合わされとるとか、そんなんちゃうやろな?」 「はぁっ? そんなわけないじゃん」 「ほんまか? パワハラとセクハラの合わせ技喰ろうてんちゃうやろな?」 「どんな技だよ」 「ほな、好きなん? 大城さんのこと」 「えっ……」 「どうなん? はっ……まさかエロいことだけ教え込まれてセフレみたいな扱い受けてんちゃうやろな!?」 「だから! そんなわけないだろ! まだ付き合い出したばっかりだし……!」 「ほう」  大城さんを悪く言われて腹が立ち、つい言わなくていい情報まで提供してしまった。僕はグッと唇を引き結び、プリンをペロリと平らげる。 「ほうほうほう。そうなんや。なんや、あの出張の直後にそうなったわけちゃうんや」 「出張……? え? なんでそうなるんだよ」 「ふふん、僕の目ぇを欺けると思わんことやな。どっからどう見ても大城さんは真くんのこと好きそうやったし、なんならめっちゃスケベな目ぇで見てるときもあったし、釘刺しといてん」 「は!? なにそれ、きいてないんだけど!!」 「ずいぶん時間かけたんやなぁ、大城さん。けっこうヘタレなんかな? あんな派手な見た目して」 「見た目はどうあれ、大城さんは優しい人なんだよ」  由一郎はまた僕の隣に腰を下ろして、じぃ……と僕の横顔を見つめてきた。居心地が悪すぎてお尻の位置をずらすと、またずいと接近してくる。 「で? 好きなん? 付き合うってことは、そうなん?」 「……それは…………うん。…………好き、だよ」 「なんやねんその間は! まさかやっぱり身体の関係だけで……」 「だから違うって。……自分でも戸惑ってるんだよ。男の人……っていうか、大城さん相手にこうなってる現状が、なんだか信じられなくて」 「ほう」 「人と付き合うこと自体初めてだし。……色々と、うまくやれるのか不安もある。仕事も一緒だしさ」 「まぁ、せやな。社内恋愛禁止しとる企業もあるくらいやしなぁ。会社でイチャコラしたなっても、業務に差し障らん程度にせなあかんな」 「会社でなんかしないって!!」  なんの頓着もなくズケズケものを言う由一郎と話しているとイラつくが、なんだか気は楽になってきた。どうやら由一郎には偏見はないようだし、ただ単に僕の心配をしてくれていることがわかるからかもしれない。 「他に不安て? 将来のこととかか? 大城さんのご両親になんて話そ、とか?」 「いや……大城さん、ご家族はもういないみたいだから」 「あ……そうなんや。ほな、高野のほう?」 「そっちはもうはなから紹介する気ないから。由一郎が知ってたら、もうそれでいいし」  僕がそう言うと、由一郎の顔がぱぁぁと輝く。なんなんだ突然……。 「ま、真くん……っ! ツンデレやなぁもう! そういうとこがほんま可愛いねんなぁ〜〜」 「は? うざ」 「こらっ、またそんな言葉遣いして」 「……はいはい」 「で? そういう意味ちゃうかったらどういう不安やねん。付き合いたてで、ラブラブハッピーな時期ちゃうの?」 「ラブラブハッピーて……。ていうか、ほんと、昨日初めてデートしたばっかりだし……」 「ほほう」  ……しまった、またいらないことを言ってしまった。なんだか由一郎の誘導尋問にまんまと引っかかっているような気がしてすごく癪だが、もうこうなったら開き直って色々相談してもいいかもしれない。 「由一郎は……彼女は?」 「今はいいひんよ」 「大学んとき付き合ってた子は? なんだっけ……さよちゃん? いや、みかちゃんだっけ? いや……ゆきちゃん? かなこちゃん……? なんかめちゃくちゃいっぱいいたから覚えてないけど」 「ああ……あの子らなぁ。みんな可愛くてええ子やったけど、結局『ゆーくんと付き合うの楽しいけど、旅館の女将とか無理』って言わはって、みーんな僕の元から去っていかはったわ」 「ふーん、そうなんだ」 「ま、そろそろお見合いせえてめっちゃお母さんに言われるし、そのうちどっか良いお家柄のお嬢様と結婚すんねやろ、僕は。兄さんたちもそうやしさ」 「そっか。そういうもんか」 「兄さんたちも学生の頃はめったくそ遊んどったけど、まぁ、その気持ちは僕もわかるわ。なんやかんやいうて家が大事な人らやしな」  初めて聞く兄さんたちの恋愛事情だ。家のために結婚相手を選ぶということが現代でもあるのかと驚いてしまう。そういうところも、僕とはまったく考えが違うらしい。 「僕は真くんさえ弟でいてくれるんなら、なんでもええけどね」 「ふーん」 「つめた。もっと感激してぇな。……で? 恋愛経験超豊富な僕に何を聞きたいの」 「ええと……」  ——セックスについて尋ねるのは、さすがに抵抗があるな……しかも男同士のやつだし……。  口ごもり、俯く僕の視界に、ひょこっと由一郎が入ってくる。また、あの全てを見透かすような目をしながら。 「ははーん……? なるほど、エッチのことで悩んでんのか?」 「なっ……!? な、なんでわかるんだよ!?」 「あははっ、やっぱりや。大城さん、精力すごそうやもんなぁ、身体でっかいからアレもでかそうやし……」 「ちょ、ちょっとは言葉に気を遣えよっ!!」 「で? どこまでいってんの? ……いや、ちょう待って。想像したらなんや腹立ってきたな……うちの真くんを……」 「想像すんな!!」  額を押さえてフゥ……とため息をついている由一郎の肩をべしんとはたくと、由一郎はニヤニヤ笑いながら「うわめっちゃ照れてるやん、可愛い〜」と気持ち悪いことを言い出した。……相談する相手を間違えた。 「もういい、帰ってください。さようなら」 「ちょ、そんな怒らんといて! 待って待ってちゃんと相談のるから!」 「うるさい、帰れ」 「いやいやいや、ほら、あれやろ? 真くんがヤられるほうやねんろ? そら不安やんな」 「ヤられるとかいうな」 「ごめん、ごめんって。……んーまぁ、僕も男と経験がないわけちゃうし、アドバイスできることはあんで?」 「は!? 男と経験…………って!? 何言ってんの!?」  さらっと衝撃的なことを言い出した由一郎だ。思わず目を剥く僕に向かって、由一郎はニタリと笑って見せた。 「あ、でも僕挿れるほうやったし。ごめんね」 「は? なにが」 「大学の先生やってんけどさ〜……あかんよなぁ学生に手ぇ出したら。バレんでほんまよかったわ」 「いや、そこは聞いてないんだけど」 「僕がどタイプでがまんできひんていわはるし、まぁその〜大人やし色々テクがすごくて僕もその気にさせられてもて……」 「だから聞いてないって」 「先生が海外赴任するまでしばらく続いてんけどな。ヤられる方は色々準備がいるし大変やていうてはったな」 「やられるっていうなって」  というか、常に彼女2、3人はいそうだった由一郎が、まさか男とまで付き合っていたとは驚きだ。ずいぶん性に奔放だったようなのに、今は真面目に仕事だけしているようだが……。 「忙しい時は無理やな。まったくそういう気にならへん」 「ふーん……」 「真くんの不安はなんとなくわかんで? 巨根相手にうまいことやれるか心配なんやろ?」 「言い方最悪だけど……まぁ、それはある」 「てことは大城さん、今は我慢してはんねや。かわいそうやなぁ」 「うん、まぁ……それもある」  そう、問題はそこだ。  あんな太いものを挿れることができるのかというのも不安だし、いつまで経ってもセックスができなかったら、大城さんは僕に愛想を尽かしてしまうかもしれない。  大城さんは優しいから、きっと色々我慢をするだろう。僕を大切にしようとしていることはよくわかるからこそ、それが申し訳なくてたまらないのだ。  昨日だって、ものすごく苦しそうだった。僕がシャワーを浴びている間にひとりで処理したに違いないし、そうさせてしまった自分が、なんだかとても不甲斐なかった。  黙り込んでいると、ぽん、と肩を叩かれた。  のろりと顔を上げると、由一郎がいい笑顔で、グッと親指を立てている。 「ま、その件については僕に任せとき」 「任せる? どうやって」 「まぁまぁ、そのうちわかるわ。とりあえず、どっかお昼食べに行かへん? めっちゃお腹すいたわ」 「ああ、……うん、まぁ、いいよ」  そういえば空腹だ。いつもなら断っていただろうけれど、なんとなく、今日はもう少し由一郎と話していたい気がして、僕は素直に頷いた。 「ほな、もうちょいマシな格好に着替えや。寝癖も直して、しゃんとし」 「お母さんか」  にこっと微笑み、あれこれと僕の世話を焼きたがる由一郎はすこぶる煙たい。  だけど肩肘張らずに一緒にいられるのは、やはり家族だからかなと僕は思った。

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