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第21話 情けないミス〈side篠崎〉
12時半ごろ、大城さんと吉岡がオフィスに戻ってきた。
二人の姿を見てはたとコラボ商戦会議のことを思い出した僕は、慌ててパソコンの画面を切り替える。
午前中もバタバタしていたため、今日使用するはずの資料をまだプリントアウトしていないことにようやく気づく。13時からコラボ相手の企業との合同会議があるのだ。
先方からやってくる社員は部長クラスだ。ここまで詰めてきたプランを伝え、先方からゴーサインが出れば、いよいよ商品開発に進むことになるのだが……。
「……あれ?」
——あれ……違う。
コラボ商品のデータを揃えておいたファイルの中に、プレゼン資料のデータはある。だが、モニター上に表示されているのは、未完成に近い状態のものだ。二日前に、ちゃんと完成させたはずなのに。
——……いや、落ち着け、落ち着こう。ひょっとすると、ファイル名を修正したときに、どこか別の場所に誤って保存してしまったのかもしれない。そうだ、そういうことに違いない。
だけど、PC内を検索しても、フォルダを片っ端から開いてみても、作成したプレゼン資料は見当たらない。どこかにあるはず、あるはずと念じながら探してみるもそれらしきデータは見当たらず、だんだん頭から血の気が引いていき、胃がキリキリと捩れるように痛み始めた。
「篠崎、まだここにいたのか。資料どうなった? 向こうの部長さん、そろそろ着くってさっきメールあったぞ」
自分の端ノートPCを小脇に抱えたした大城さんが早口に僕にそう問いかけてきた。
……もう時間がないのに、データはなおも見つからない。僕は青い顔で大城さんのほうを見上げた。
すると、僕の異様な表情を見た大城さんは眉間に深い皺を寄せ、訝しげに首を傾げた。
「どうした?」
「……プレゼン資料のデータが見当たらないんです」
「えっ? どうして」
「……す……、すみません、少しお時間いただけますか」
「もうそんな時間ないだろ。見せてみろ」
つかつかと歩み寄ってきた大城さんが僕のPCを覗き込む。
促されるまま座席を譲ると、大城さんは素早くフォルダ内をチェックしていった。
険しい横顔でファイルをチェックしていく大城さんの横に佇むことしかできない自分が、ひどい無能に思えて情けなく、消えてしまいたい衝動に駆られた。
「篠崎のPC、最近調子悪いって言ってたろ。たまにフリーズするって」
「あ……はい」
「交換の申請、しろって言ったよな。した?」
「ま、まだです。色々立て込んでて……」
「この感じだと、マシントラブルでデータが飛んだ感じ……かな。お前のPC上に履歴も残ってないし」
「……そんな」
足元が抜け落ちそうなほどに愕然とした。
今からあれをまた作り直している時間はない。もう十分足らずのうちに会議は始まるのだ。一応、資料を作るにあたって使用したデータは揃っているけれど、それは社外の人に見せられるような状態ではないし、社外秘のものもある。
もっと早く会議の準備に取り掛かっていれば、データの消失にも早く気づけたはずだ。大事な会議が昼から控えているわかっていたのに、別の仕事に手を取られてしまっていて、タスクの重要度を見誤った。ここ最近積もりに積もった小さなミスが、この期に及んで最悪な状況を引き寄せたのだ。
「……どうしよう」
冷静になって対策を考えようとするも、頭の中がごちゃごちゃと散らかって必要な情報がみつからない。震える指で口元を抑えていると、椅子に座った大城さんが僕を見上げた。
「篠崎、落ち着け」
「す……すみません。本当に申し訳ありません……!! 僕、なんとか手持ちのデータで説明できるように、」
「落ち着けって。確か一昨日、そのプレゼン資料俺に共有してくれたろ? チェックして欲しいからって」
「共有……し、しましたけど、でも」
「あの資料、確か俺のPCに落としてある。こっちになら残ってるはずだ」
「あ……」
頭上から、希望の光が細く差し込む。
ぱぱっと手元のラップトップをチェックしている大城さんを縋るように見つめていると……。
「よかった、あったぞ」
「……あぁ~~……よ、よかった……!!」
がば! と大城さんのパソコンを覗き込むと、僕が作った完成版のスライドがきちんと表示されていた。ほっとするあまりその場にへたりこんでしまいそうになったけれど、大城さんのピシリとした声で背筋が伸びる。
「ほら、しっかりしろ! 俺に見せたあと、変更入れた?」
「あ、はい、少し……! でもすぐに修正できます……!」
「よし。吉岡、酒井! 手ぇ空いてるなら手伝ってやって! 俺はそろそろ下に部長迎えに行くけど、多少時間稼いでくるから」
「うぃーす」
ジャケットのボタンを留めながら立ち上がり、さっさとオフィスを出て行こうとする大城さんに向かって、僕は頭を下げた。
「お騒がせしてすみません! ありがとうございます……!」
「いいから先に準備しろ。んで、あとでちょっと話ある」
「は、はい……。すみませんでした」
横顔で鋭い一瞥を僕に投げかけ、大股でオフィスを出ていく大城さんの背中を見送る。やっぱり、その背中は格好いい。
対する僕はどうだろう。ぼうっとしてこんなくだらないミスをした挙句、同期たちの手を煩わせてしまっている。
「ごめん……、ふたりとも」
高速で紙を吐き出すプリンターの傍にいる吉岡と酒井さんに向かって、僕はまた頭を下げた。
「いいっていいって。てかこんなミス珍しいじゃんお前。大変ならもっとこっちに仕事振ってもいいんだぜ?」
と、吉岡が気遣わしげに僕の肩をポンと叩いた。……チャラいけど優しいんだよな、吉岡は。
「いや……、うん、ありがとう」
「あとで大城さんから説教だな。こえ~」
「うん……そうだよなぁ」
「ほら、とっととホチキス。会議室は取ってあんの?」
吉岡のセリフに肩を落としていると、酒井さんがクールに書類の束を僕に差し出す。
「それはさすがに大丈夫。……はぁ、ちょっと落ち着かなきゃ、噛みまくりそうだ」
「まったく。最近変だよ篠崎。大丈夫?」
「はは……うん、大丈夫」
へら、と笑って二人に礼を言い、僕は大急ぎで会議室に向かう。
つまらないことで大騒ぎをしてしまった。……大城さんは、さぞかし僕に落胆したことだろう。
——つらい、情けない。嫌われたらどうしよう………………って、だめだ。まずは仕事だ。頭を切り替えろ……!
会議室で機材のチェックをしながら大きく息を吐き、仕事モードの自分を取り戻す。
まずはこの仕事で、成果を出すんだ。
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