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第3話
押元は厚木に、「帰っていい」と言われたが、「まだ説明があるんです」と食い下がっていた。「こちらでしておく」と追いたてられ、「蘭さん、厚木さんから話を聞いて、薬も飲んでください」
それだけで言い残して帰って行った。
二人きりになって、改めて厚木を見る。
吉継の視線に気づいてチラと見返すが、気にも止めていない。
「ほら」
膝に何種類かの薬袋が置かれ、「この袋に書いてある通りに服用しろ」と言われすぐに「薬を飲んだら寝ろ」と言われる。
薬袋には、一日二回でいいもの、一日一回でいいものもあり、わかりやすく書いてあるので、言われたとおりにできそうだと思った。
「…」
「他に質問はあるか」
聞きたいことがありすぎて、何から聞けばいいのかわからない。
最後の記憶と今の現状の、繋がりもわからない。
体はどこも悪くないと思っているのに、急に主治医という人が現れたこと、薬を飲んで療養を言い渡される必要性。
そして、目の前の厚木聡実という人。
この人がDomだということ。
わからないことだらけの中で、吉継にとって唯一わかりやすい事実。
「厚木さんが新しいご主人様ですよね」
「はぁ?」
眉を潜め、心底嫌そうに厚木が言う。
「…違うんですか」
「ご主人様だと? 悪趣味な…、俺は奴隷を持つ気はない」
「そうですか」
さっきは、”俺のSub”だと言ったのに。
「明日も仕事があるので、家に帰ります」
そういったものの、この部屋のどこを探しても自分の荷物は無かった。
職場に置き忘れたままになっているのか。
家からここまでの距離もわからず、財布やスマホもないことに呆然とする。
「お前、本当に覚えていないのか」
「…」
厚木が、奇異なものを見るような目をして吉継を見ていた。
「…俺は、なにかしてしまったんでしょうか」
「何を覚えているのか言え」
「会社の体育館で練習していて…、そのあと」
「そのあと?」
「そのあと…、……更衣室、で…チームメンバーと一、緒に………いて、…気がついたら知らない場所で、また気がついたらここにいました」
「大事なところがまるきり抜けている。覚えているだろ」
…この人は、知っているのか?
バラしたら相手共々お前を殺すからな。逃げられると思うか。この痛みを思い出せ。
体中からぶわっと汗が吹きでて、冷たい汗に体が震える。
「あ…だめ…、」
「おい」
「あなたは何を知っているんですか」
厚木の肩に手を置く。その手が震えていて、厚木より吉継の方がかなり背が高いのに、縋っているようだった。
「…」
「…」
「多分、全部知っていると思う」
「!」
「お前は、チームメンバーのDomだけではなく、他のメンバーやそれらの友人を加え”躾”と称して、社内外問わずの虐待を受けていた」
「だめ、言わないで」
…この人は本当に全部知っているんだ。
「なぜ」
「言えません」
胸倉を掴まれたかと思うと、目の前に厚木の顔があり、視線が絡んだ。驚く間もなく、体から力が抜け、床に膝をついた。
…Glare…なんて強い…
威圧的なGlareなんか浴び慣れているはずの吉継でも圧倒される強さ。今までも抵抗できなかったのに、それ以上に強い力に逆らえるわけがなかった。
「言え」
「…俺だけじゃなく…あ、厚木さんも殺すと…」
「フン、いかにも言いそうだ」
「あの人達は本気です。どうして知っているんですか、俺は誰にも言ってない」
「そうだな、お前は言ってない。言いつけを忠実に守っていた」
胸倉から手が離れた。その手が髪を撫で、地肌に届いて、厚木の胸に頬を押し付けられた。
「よく我慢した」
吉継は、心臓の音が聞こえたことに混乱した。
「う…っぷ」
「うわっ」
盛大に吐いた。
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