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第5話

 吉継がニュースを見て茫然自失となっているところに、厚木の秘書で笠井という男性と、家政婦の山科という女性が入ってきた。  笠井が、吉継の荷物を紙袋に入れて持って来てくれた。飛びつくように受け取りお礼を言う。  笠井が、「厚木は急な用事が入り明日の昼頃までここには来られません」と言うので、一刻も早く厚木に会いたかった吉継は、かなり落胆した。  この間、不自由がないようにと山科が吉継の世話をしてくれるらしい。  「はじめまして、山科と申します。私は主に食事や洗濯、掃除などを中心に蘭様の身の回りのお世話をさせていただきます」  山科は、吉継の母より少し年上くらいで親しみやすい印象の女性だった。  「よろしくおねがいします」  吉継が頭を下げると、「早速、取りかからせていただきます」と言ってパタパタと動き出した。  笠井に、「厚木さんとは連絡は取れませんか」と聞く。  「生憎、ここに通信機器はありませんが、ご伝言がおありでしたら伝えましょうか」  「厚木さんに会いたいです、早く」  「わかりました。伝えますが、何分、忙しい人ですので」  秘書にスケジュール管理をさせて、家政婦がいて、この豪邸そうな家が別宅。そこで初めて、厚木は何者なのかと気になった。  「あの、厚木さんってなにをしている人なんですか」  笠井は一緒「?」と言った表情をしたが、有能な秘書らしくすぐに、「厚木氏は、厚木コーポレーションの社長です」と答えた。  「あっ」  ”厚木コーポレーション”といえば、大手不動産会社で、吉継が勤めている会社の親会社にあたる。  初めて聞いた名前じゃないのは当然だ。  親会社の若き社長は、複数ある子会社の一つにすぎない社内でも話題に上がるほどだ。しかし、厚木と吉継ではまるで接点がない。  「失礼しました」  「いえ、お気になさらずに。蘭様はお体をご自愛ください」  「あの笠井さん、質問してもいいですか」  「私で答えられることなら」    「…ニュースを見てなんとなく俺がここにいるのはわかった気がします、でも厚木さんがどうして…」  「社長から何も聞いていないのですか」  「はい。ニュースを見ろとしか…」  「…はあ。あ、今のは厚木社長に対してですのでお気になさらず。あなたは以前、時間にルーズだとして注意勧告を受けましたね」  「…はい」  練習を無断で休む、練習時間に遅れる、休憩から帰ってこないなどで二週間ほど前、注意勧告されている。  「同時に、コーチから暴言まがいの発言をする選手がいて、再三注意をするも改善される様子がないとも報告がありました。厚木は、チームへの融資を考えていましたので、視察を兼ねて様子を見に行くことにしました」  「はあ…」  まさか吉継の”ご主人様”がそんなことになっていたとは…。  「何度か視察し、あなたとその選手が一緒に更衣室に入って行くのを見たそうです。それだけなら気に留める必要もなかったのですが、その選手が先に出ていき、あなたは行きは普通だったのに出てきたときには足を引きずるように歩いていたことがあり、それからあなたとその選手のことは密かにマークしていました」  「ああ…」  心当たりがあることだった。  理由はわからないが、その日は|命令《コマンド》で意識が飛ぶ寸前まで息をさせてもらえず、とにかく殴られた。見えるところには痕を残さないが、足首を蹴られてしばらく歩きにくかったのだ。  「だいたい犯行のあたりは付けていたので、昨日、現行犯で捕まえたというわけです」  「はあ」  「厚木は、発見者であることから、子会社だけではなく自社の不始末でもあると捉えて対応に追われています。あなたが心身に負った傷が癒えるまで、こちらで責任を持って対応をさせていただきます」  「はあ…」  話しが大きくなりすぎていて、吉継の手に余る。    「他のチームメートはどうしていますか」  「今は、チーム全体が活動停止しています。選手が希望すれば、移籍のバックアップをする予定です…」  迷惑をかけたことを申し訳なく思う。  「そうですか。出勤はできそうですか」  「いえ…、しばらく休暇をと伺っています。お元気になったら事情聴取させていただきますが」  「わかりました」  今後の処遇はわからないが、とりあえず、”ご主人様”たちの暴力は無くなった。  暴力が無くなったのはいいが、これから誰が吉継に|命令《コマンド》をくれるのか。  厚木の顔がよぎったが、彼とは明日まで会えない。会ったとして、吉継にあまり興味がなさそうで、気まぐれっぽい厚木が|命令《コマンド》をくれるとは限らない。  とにかく、一人になりたかった。  「あの、俺は見ての通り、元気です。いつ事情聴取していただいても構いません。ですので、家に帰っても良いですか」  「蘭さん、…それは…あっ待ってください」  笠井が言葉を濁すが、荷物も戻ってきた。  事情もわかったし、療養なら家でもできる。  制止する笠井の声は聞こえたが、構わず外に出た。  「あっ」  ドアを開けたところでなにかにぶつかった。  「おっ、…と」  厚木だった。  大柄の吉継とまともにぶつかってもふらつくことも無く、平然としていた。  荷物を持って玄関から出ていこうとする吉継に眉を潜めている。  「フン、油断も隙もない」  厚木は吉継の腰を抱え、引きずるようにして中に押し戻した。    

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