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第2話
年月にしておおよそ十数年が経って、青年期を迎えたバルド。
昔は色素が薄かった全身は草木に溶け込む緑色に染まり、猪のような牙も鋭利に生え変わった。
夜に遭遇したらそれはそれは恐ろしいであろう、目玉ごと赤い相貌。もうすっかり大人だ。
オークは成長こそ早熟だが、ある一定の年齢を迎えると、それほど外見の違いがわからなくなる。
歳を取らない訳ではないし、さすがに高齢にもなればいつまでも若く保てないし、貫禄は出るが……たいていは族長の地位を譲る際に外の世界へ出て行くか、次期族長に殺されてしまうので、出会ったことはない。
祖父にあたるオークも、異種族に友好的だったがそれが甘いのだと、もうのうのうと暮らせるような時代ではないのだと、実の息子である父に「世代交代」として殺められたのだと聞く。
父は外界の者は力でねじ伏せればいいという暴力的な思想を持っていたが、それに感銘を受けた者は多かった。
理由は単調。オーク族だからだ。凶暴で、攻撃的で、良心の呵責もない種族。それだけだ。
もちろん、長どころかオーク族の王様のような、三メートルもある体格をしていたから、不満があっても誰も逆らえなかった。
とてもじゃないが賛同できずに逃げたからこそ、バルドは一匹でもなんとか生きている。
それがバルド以外のオークの絶滅に繋がったのかはわからない。でも、生きてさえいればなんとかなると信じている。
ゴブリン族も身体が緑色で、耳がエルフように尖って長いという点だけは同じ。でも似ているだけで同じ種族ではない。
身長はオークの方が大きいし、力だってうっかりすれば物を壊してしまうほど。
ただし、図体ばかり大きいからといって、全てのオークが何もせずとも筋力がある訳ではない。母はメスであるからほっそりしていたし、父は言わずもがな……人を粉砕できるほどガッチリしていた。
バルドも力は必要ないと思っていたが、ローゲの指南の元、あくまで他者を傷付ける訳ではなく、身を守るためにとトレーニングに励んだ。
そうして身長が昨今のオークにしては驚くほど高く、体重も重く、全身が筋肉の正に怪物図鑑に描かれている立派なオークそのものの筋骨隆々な見た目に成長したのだった。
無論、争いが嫌いな少年心は忘れておらず、外見だけ、ではあったが……。
ローゲの元で暮らす中で情勢も変わりつつあり、異種族間での生存闘争よりも、人間族による本格的な怪物退治がもっぱら話題だった。
あの時の騎士はずいぶん前に引退し、亡くなったようだが……その後継者もかなり腕が立ち、次々と異種族を狩っているらしい。
一匹だけオークが混じった集団は目立ちすぎる。このままゴブリン族と一緒にいても、彼らまで一網打尽にされてしまう危険がある。
そう思い、バルドはローゲにだけその旨を伝え、ゴブリン族の居場所を去った。
人里離れた場所を求めて、危険な土地を何日も歩き、嵐や熱にさらされ。飲食も滅多にできず、ローゲにもらった麻の服も、丈夫であるはずの身体も、精神的にももうボロボロだった。
意識が朦朧とする中で、国の領土の端、国境沿いほどに、オーク一匹くらいなら雨風を凌げそうな広い洞窟をようやく見つけた。そこを新たな家とすることを決めた。
都合が良いことに、飲めるほどに水質の良い川辺が近く、食べられる薬草や煎じられるもの、毒性のない様々な種類の花や果実も多く実っていた。
初めは誰か来ないか怖かったけれど、一年もするとすっかり慣れてしまうもので、自給自足しながら動物達と戯れて、平和を満喫していた。
なのに、やっぱり運命はバルドを放っておいてくれないのか。
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