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第28話
別れの時がくることくらい、とっくにわかっていたはずだ。
ファングはただ騎士としての使命を全うしたのみ。それが片付いた今、もうこんな辺鄙な場所にいつまでも留まっていても意味はない。
一刻も早く王都に帰り、また騎士としての名声を上げ、民衆を安心させる。
ドラゴンどころか存在すらあやふやだった古の伝説生物・ゴリアテを倒したとなると、しばらく並の怪物はなりを潜めるだろう……。
短くも平和な合間に、これまた家柄も良く美しい花嫁を貰い、子を作り。
その子が成長したら、また次世代の騎士となる。
ジークフリート家はそうやって代々生きてきた。ファングもきっと、そうするはずだ。
田舎の村人やオークなどとつるんでいるより、王都の洗練された民にちやほやされたい、怪物のいない世界を望んでいるに決まってる。
だから……今気持ちを伝えなくては、一生後悔する。
バルドはファングと視線が合うよう跪くとその身を壊れ物を扱うように優しく、しかし心だけは強く抱き締めた。
「バルド? なっ、なにを……」
「ファングがっ……ファングが生きていてくれて、本当に良かったよう……」
今度は安堵の末、わあぁっと自然と涙が出てしまう。
幼子のように泣きじゃくり、止まらない大粒の涙がボタボタと地にこぼれ落ちる。
「ファング……死んじゃうかと思った……それ考えたら、バルド、怖、かった……自分が死ぬことよりも、ものすごく怖かった……!」
「……言っただろう、俺は騎士だと。寿命以外で死ぬ気はない。オークのくせにそうやってすぐメソメソするな、馬鹿者が」
相変わらず口は悪いけれど、ファングが頑張ったな、とばかりに頭を撫でてくれた。
家族にも同胞にも恩師にさえも裏切られてきたのに、大事な人に、初めて人生を肯定されたような気がした。
「で、でも……あの時、ファングもちょっと、泣いてた……よね?」
「あ、あれは、目にゴミが……!」
言いかけて、ファングは素直に本心を吐露してくれた。
「……俺も、バルドを失うかと思うと……気が気じゃなかった。俺以外の騎士に殺せなどと言ってみろ! 問答無用で斬られるぞ! 相手が俺で良かったし……お前が死を留まってくれて……どんな過酷な戦いを終えた後よりホッとした」
こんなにも柔らかく、愛情深く、切なげなファングの顔を見たことがあっただろうか。
おおよそ、オークであるバルドには一生機会がないと思っていた。
ファングだってバルドのことを異端なオークだと驚いていたけど、オークにも優しいなんて、バルドは出会ったことのない、変わった騎士様だ。
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