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第29話

「……ちょっと待ってくれ。確かここに……ああ、あった。さすがに村内で持ち歩いて落としたりでもしたら洒落にならないから、隠していたんだ」 「な、なに、それ?」 「過去に討伐したサキュバスの血と、性力向上効果のある薬草を調合したものだ。まあ要するに、催淫剤だな。これを飲むと性の欲求が高まり、行為をする際にも痛みは感じず快感だけを得ることができる。惚れ薬として高値で闇取引されているくらいだから、効能は本物だと思うぞ」 「ええっ!? なんでそんなもの、バルドの家に置いてたのっ!?」 「……も、もちろん、いつか良き相手が現れた際に……子中をなすためだ。悪い使い方などしない。なら、ここが最も良い隠し場所だと……。そもそもこんな劇物、苦労も知識もなく金で買おうとする罪人と違って、サキュバスは俺が討伐したのだから、俺が使って何が悪い」  開き直るファング。  そりゃあ闇取引なんてする者はいかにも金持ちの悪人だろうから、ファングの言い分は的を射ている気がする、が。 「……ほ、他の種族とも、したことがあるの?」 「馬鹿を言え! 俺にそんな悪趣味はない! 俺は人間の女にしか興味がないし、騎士たる者、婚姻を結ぶまで純潔を守らねばならない。だから娼館にも行ったことがない。まあ……もう相手はいるから良いのだがな」  王都の貴族だとか、王家のお姫様とか、もちろん村民にも外見も内面も美しい女性はいて。  ファングの花嫁となる者はよりどりみどりだ。野暮な気がして聞いたことはなかったけれど、恋人や婚約者の一人、いない方がおかしい。 「そいつは……すごく人間らしくて、優しくて強くて、飯も毎日食いたいくらいうまい。多少鈍いところも……か、可愛らしくて……。俺の家柄や名声だけで判断もしないし……。何より、俺のことを自分よりも一番に考えてくれる。そんな奴、人生で初めてだ……」  しかしなぜだろう、そんな情報聞きたくない。  ファングが相手の良い部分を、好いているところを口にするたびに、得体の知れない気持ちが込み上げる。  なんでよりにもよって自分に言うのだろう。今度こそ心を許してくれているから? ならあんまりだ。  鋭利な刃物で胸を抉られるような感覚さえする。戦いの傷よりよっぽど深く残りそうなほど、つらくてたまらない。  だけど……ファングのことを最も考えたら、やはりバルドは何も言えない。  オークごときが騎士様が好意を寄せる相手に妬いているだなんて、口が裂けても言えるはずがない。

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