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第44話
店主に無理を言って仕事を早退させてもらった一日。
作っておいた黒い森のさくらんぼケーキを持って、夕食を終えていたファングの食卓に置いた。
いつもと違って追加でケーキが出てきたこと、お抱えの使用人や料理人が部屋を去り、バルドと二人きりであることから、ファングは首を傾げている。
「お? すっかり一流職人のバルド様のケーキじゃないか。何だ? 売り物じゃないのか?」
「ううん……今日は特別、だよ! だって、ファングの誕生日じゃないか!」
「え……? ああ……そういえば。自分の誕生日すら王都を離れていたことの方が多かったからな。すっかり忘れていた」
「ファングもおいしいって言ってくれて、自信持てたから、作ったんだ。生まれてきてくれて……出会ってくれて……愛してくれて。本当にありがとう、ファング」
「っ……!」
喜んで一口運んだファングだったが、バルドの言葉を聞くなり感情を堪えるように唸って、顔を歪め、それでも耐えきれなくて、遂には鼻まで垂らしてポロポロ大粒の涙を流し始めた。
こんなに傍にいるのに、ファングがここまで大泣きしている姿は初めて見る。
「ファング!? ごめん、失敗したかな、まずかった!?」
「違っ……バルドのケーキがうますぎるから悪いっ……うぅっ、おいしい……ううぅ……ぐすっ、うえぇっ」
もはや食後のスイーツどころではなくなっているほど号泣しているけれど。
よっぽど誕生日を祝われたことが嬉しかったのだろうか。
ファングともあろう者がこれまで両親に、民に祝われなかったはずはないが、それとは何が違うのか。
泣きながらも食欲は旺盛で、しっかりケーキを完食したファングは顔面と口元とを拭いてようやく落ち着きを取り戻した。
まだ目元は充血して腫れぼったくはあったけれど。
「取り乱してすまなかった。……バルドに祝ってもらったから、いい歳をしてなんだか幼少期ぶりに嬉しくなって……」
ファングも人並みにそう思ってくれるものなのだ。なら、これから毎年祝ってあげたい。
彼がいなかったら、バルドはとっくにこの世にいなかったかもしれないことを考えたら、これくらい朝飯前だ。
「……俺も全く同じ気持ちだ、バルド……。お前さえ良ければ……俺と残りの人生を共にしてはくれないか」
ファングはその場に跪き、懐から鍛冶屋や宝石商に無理を言って作らせたのであろう、バルドの左薬指にピッタリ嵌まる特注のダイヤの指輪を取り出して見せた。
そこはやはり騎士らしい、見事に紳士的なプロポーズだった。
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