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第49話

 フリードと同じくらいだろうか、壮年になって騎士業を引退してから、ようやく静かで平穏な結婚生活というものを噛み締められるようになった。  一線を退いてからは本格的に訓練所の教官となり、厳しいだけではない、数々の身も心も高潔な名騎士を輩出するまでになった。  それをバルドは仕事が終わり次第、店で余ったぶんや、自ら彼の好きなお菓子を作って家で待っている。  訓練所では鬼教官やら怪物より怖いやらと呼ばれていても、いざ帰ると真っ先に飯にがっついては満面の笑顔を見せる。  まるで出会った頃と変わらない少年のようなこの笑みが見たくて、張り切っているようなものだ。  休みの日には二人でお菓子を作ってみたり、試しに木でできた家具を手作りしてみたり。  バルドは長年やっていたからまだしも、あれだけ怪物には詳しいファングの方が意外と手先が不器用で、うっかりからかっては怒られたりなんかもしたことがある。  その頃にはもう、息子は親離れする年頃でいたから、ファングが騎士業を辞めるのと同時期に仕事でよく家を空けることが多くなり、親子のすれ違いは少し寂しくはあったけれど。  寝たきりになっても使用人より率先して介抱したのはバルドで、儚い命が尽きる瞬間を看取ったのもバルドだった。  最期は痩せ細った身体でバルドの温かな手を握り、掠れ切った声で「少し寝る」と言った。  「おやすみ」と返すと、安心したように瞼を閉じてそのまま息を引き取った。  ファングがいなくなったら立ち直れないとすら想像していたのに、思いのほかバルドは冷静だった。  本当にただ眠っているかのような安らかな表情をしていて、ファングらしいと笑みすらこぼれた。  国を挙げたミサが執り行われ、ファングの遺体を納めた棺は、元や現騎士団員や、ファングを敬愛していて嗚咽する民衆たちによって、たくさんの花を手向けられた。  それだけファングがみんなに愛されていた証明でもあった。  その後は、教会の墓地にある歴戦の騎士──無論、フリードもである──などが眠る区画に埋葬され、「偉大なるファング・クヴェレ・ジークフリート ここに眠る」と彫られた墓碑が作られた。  初めは指輪も共に入れられるところだったが、婚約指輪だけ彼の指に嵌めて……長年を共に歩んできた結婚指輪は、ファングのものは鍛冶師に頼んで若き彼がしていたように、首飾りにしてもらった。  こうしていれば、ファングとずっと一緒にいられる、ファングを傍で感じることができると考えたからだ。  生活している中でも、不安なことがあった時、その首飾りと自分の大きな指輪を触ると、いろんな思い出が脳裏をよぎって、ファングのぶんまで生きようと活気が湧いてくる。  それは息子も感じているようで、遺品の中から一つだけ、どうしても、どうしてもファングの息子である証明が欲しい、という品を求めてきた。  息子ならば正に相応しいし、ファングも苦労して手に入れたものがただ眠っているだけでは彼の生き様に反するだろうと、バルドは喜んで与えたのだった。

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