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第50話

 ファングの生前、彼がまだ騎士を続けており、遠征中のとある日のことだ。  騎士になるための訓練を終えた息子のウィングが不満げに頬を膨らませて帰ってきた。  その額には、何かをぶつけられたような傷がある。 「ウィング、おかえり。その傷……どうしたんだい」 「うるさいな。そんなことより帰ったんだから、いつもみたいにケーキ! こっちは朝から猛特訓で疲れてんだよ!」  ウィングは思春期真っ只中らしく、なかなか言うことを聞いてくれない。  ただ、甘党なところや、わがままだけれど本当は素直なところは、ファングに似ている。  あの時ファングが泉で生んでくれた子供は、二人で考えて、不死鳥の刻印からなにか特別なことを成し遂げられる子だと判断し、ウィングと名付けた。  フリッカ様の魔力というものは遡ることが困難なほどの古代魔法であるらしく、擬似的にファングにメスとしての器官を与えた。  そうして、キラキラと美しく輝く泉水がファングを浮かせ、泡で全身を包んだかと思うと──いわゆるお産の儀式が終わったのか、ファングが横たえられた傍らに、布で包まれ、まだ臍の緒が付いた、色素の薄い緑色の肌をした赤子がようやく日の目を見て泣いていた。  ああ、二人の赤ん坊だ。それも、この皮膚の色……正真正銘バルドの血を引いている。  ファングもホッと安堵のため息をつき、バルドは二人を抱擁しておいおい泣いた。  案の定、当人であるファングが呆れるほどには。  ファングの身体は既にオスに戻っていた。もうどれだけ性交しようが妊娠することはない。  一人っ子は寂しいからもう何人か、ウィングに兄弟を作ってやりたい、とも言われたが、さすがのフリッカ様でも無茶な願いだった。  どうにもならないことを特例で何とかしてやったのだから、あとは後世に任せなさい、というご判断なのかもしれない。  ウィングは姿形は人間に近く、髪の色もファングと同じであったが。  少年にしてはもう二メートル近い長身で、身体の色はだんだんバルドと同じ濃い緑に染まってきている。そして、虹彩は薔薇のように赤い。  見た目はどちらかと言うとバルドに寄っている。 「ああ、早速用意するよ。食べながらで良いから、訳を話しなさい。バルドはただ、ウィングが心配なんだ」 「……わかった」  言い方こそ嫌そうではあったが、テーブルに用意してやると、仏頂面で黒い森のさくらんぼケーキをフォークでムシャムシャと頬張る。  まさか好物まで同じとは。

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