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第5話 笑えない話し
その夜はどこか狂っていた。
いつもは着ないシャツを着て、いつもならつけない香水を纏って、美容室で髪までセットして指定された場所へと赴いた。
会場を埋め尽くす人々はビジネスの繋がりを強く望む野心家達でアクセサリーの様に着飾った美男美女達の高らかな笑い声が響いていた。
〇〇社記念パーティー
と、題されたその催し物に嫌でも参加しなければならなかったのは、クライアントである赤嶺と取引先の担当である神崎の出版社が主催する集まりだったから。
一通り名刺交換を終えるといつもと違い上質なスーツが映える美丈夫がそこに居た。
足元から髪先まで整えられてしまえばいつも隣でふざけている筈の男が年相応の精悍さを纏った出来る男に見えてしまうから不思議なものだ。
愛想笑いも早々に切り上げ、慎一は問題の男から身を隠す様にひっそりとパーティ会場から抜け出す。神崎の顔を立てて、出来る限りのサポートを終えた男はパーティ会場と同じホテルにあるラウンジで一人グラスを傾けていた。
落ち着いたピアノの旋律に聴き入りながらここ最近の違和感について考えを巡らせる。
思い起こせば、赤嶺という男は初めて会った時から悪目立ちする奴だった。
疲れた身体に染み込むアルコールが頑なに閉ざしていた慎一の心をゆっくりと解いて行く。
心地良い酩酊感に身を任せると未だ幼さの残る赤嶺の顔が浮かぶ。
出逢ったばかりの爽やかな笑顔が印象的な後輩。
今となってはすっかり出来るビジネスマンが板についている後輩だけど、学生時代は自分が良く面倒を見ていた。
『シン先輩』
赤嶺にそう呼ばれていた頃が懐かしい。
琥珀色の液体を眺めながらグラスを回してみる。カラリと氷が溶ける音に目を伏せた。
胸内をじわりと満たす懐かしさに慎一は喘ぐ様にそっと吐息を溢した。
辛うじて足元はふらついていない。何故なら、今夜はこの場所で泥酔する訳にはいかないから。タクシーで帰ろうとエレベーターに乗り込んだところで回避した筈の男と鉢合わせてしまう。
「シンさんらしくないですね。酔っ払ってるんですか?」
怒った様に問い掛ける男には答えずロビーへのボタンを押す。
二人だけの空間に沈黙が降りた。
一階づつ下りて行く数字を確認しているとロビーに着いたタイミングで素早く扉が閉められる。はっと気づいた時にはもう二人を乗せたエレベーターは高層階を目指していた。
「や、めろっ…!赤嶺…!」
制止の声は聞き届けられない。
「待てっ、て、赤嶺!痛いっ、痛いって!」
エレベーターの扉が開くと同時に慎一の体は赤嶺に引き摺られて行く。
勢い良く開かれた扉の奥へと強引に連れ込まれると、そこには豪奢な造りをしたベッドが置かれていた。
つづく
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