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第6話 洒落にならない話し
赤嶺視点
離婚届を提出してしまえば他人との契約はあっさりと破棄されてしまう。
四枚目の用紙を記入した時でさえ、悲壮感は無かった。
ただ、喉が渇く。
安らぎを失った心がいつも満たされない。毎日飢えている一箇所がジクジクと傷んで胸の奥を締め付ける。
弁護士から慰謝料の精算が完了した文書が送られて来た。四度目ともなるとただの手続きでしかなかった。
自社ビルを後に愛車まで歩いて行くとそこには見慣れた人影が佇んでいた。
「よう、赤嶺。飯でも食いに行かねぇ?」
仕事帰りの格好でいつもの様に笑顔を向けられる。
「シン…ッ、さん」
「お疲れ、赤嶺」
屈託のない笑みが眩しくて直視する事が出来ない。何で今更いい年した野郎二人が毎度つるんでないといけないだ。
何故、俺は今こんなにも安堵しているのか。
「落ち込んでんじゃねーよ、次また娶りゃ良い」
「…簡単に言わないで下さい。未だ独身の癖に」
助手席のドアに凭れかかる華奢な肩を抱き寄せた。
「社長、煙草臭い」
「煙草好きでしょう」
「禁煙中」
「俺には無理…」
「タブレットでも食ってろよ」
「シンさん…」
「ン?」
「好きだ」
「知ってる」
「え、」
相手の返答に動きが止まる。
「俺もお前が好きだぞ」
ーーーぞ?
腕中の先輩が照れた様に見上げて来る。薄く整った小さな唇が誘う様に開き、赤く濡れた舌が覗く。伏せられた瞼にドキドキと胸が高鳴る。
「赤嶺…」
「シン…さ、ん」
ああ、俺もしかしてアンタに飢えていたのかもしれない。慎一さん。
このままアンタを俺の物にしたい。
ぎゅっと強く抱き締めると先輩は驚く程柔らかくて…。
柔らかくて?
あれ、先輩って柔らかい…か?
先輩、痩せてるけど…柔らかいのか?
ああ、だけど先輩がつけてる甘い香水が俺を包み込んでくれる。
ずっとこうしていたい。先輩を俺の腕の中に閉じ込めて、ずっと抱き締めたままでいたい。
だが。ヤバい。どーしよう、ムラムラして来た。そもそも、何で先輩がこんな無防備なんだ?え?いつも軽くハグはさせてくれるけどこんな風に恋人みたいに抱き締めようものなら容赦なく急所を蹴り上げられるだろう。
何でこんなに大人しいんだよ。
あ、あれか?もう観念したって事?
ーようやく、先輩は俺だけの先輩に…!!
ーもしかして、コレって…!!
〝シンさん…!!”
大声で先輩の名を呼んだところで、案の定バチッと目が開く。興奮状態で覚醒するとそこは自分のベッドの上だった。先輩だと思い抱き締めていたのはノベルティで余った抱き枕で意味不明な柔らかさは低反発の仕業でだ。確かに嗅いだつもりの香水はどうやら残り香だったのだろう…。
ガッカリしてベッドから降りるとエアコンの温度を調節する。何故今日に限ってこんなに室内が暑いのか。気づくと裸族全開な自分が恥ずかしくクローゼットを開けて引き出しから下着を取り出す。シャワーでも浴びようかと立ち上がったところでようやく何かの気配を感じ取った。
「…っるせ、…みね…」
むにゃと言いながらベッドの奥で何かが蠢いた。
ーーーーーーー!!?
「マジか…」
寝返りを打つ人物の顔に血の気が引く。
まだ、キスだってしていないはずだ。
恋人同士の段階をすっ飛ばしてしまったのか。布団を捲るのが怖い。
え、何何、何?!
俺裸なんだけど?
え、シンさんも…まさか、裸!?
何で、何が、どうした?!
何 が あ っ た 昨 夜 の 俺 !!
脳内には?マークが乱れ飛びこのやらかしたかもしれない朝の状況が飲み込めない。
とりあえずパンツを片手にバスルームに逃げ込むと熱いシャワーに身を投げた。
つづく
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