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第37話 嬉しいかも。

 唇に触れては離れて、また重なるだけのキス。  やわらかい。唇。 「……慧からしてみて」 「――――……」  優しい声で言われて、拒否するという選択肢は、浮かばなかったのだけれど。  ゆっくり触れてみると、触れた瞬間、颯の唇が笑んだのが伝わってってきて、思わずムッとして離れる。 「慧?」 「……ムカつく」 「ん? なにが?」  オレがムカつくって言ってるというのに、ふ、と笑んだ優しい声。 「……颯はさ、慣れてるだろうけど……オレ、こういうの、楽しむとか、無理だし」 「――――……」 「……そんな余裕かまされても、なんか」  すごく、むかつく。  むむ、と黙っていると。 「結構緊張してるけど、オレ」 「うそばっかり」 「……ちょっとおいで」  ぐい、と引かれて、頭を颯の胸に寄せられる。  ……つか、おいでって何。くそ恥ずかしいんですけど……!  ドキドキうるさい自分の心臓を恨めしく思っていると。ふと、もう一つ。うるさい音。  不思議に思って、自らちょっと傾けて、颯の心臓に耳を寄せる。 「……分かる? 早くないか? 心臓の音」 「早い。……何で?」 「さあ。自然と?」  苦笑いしながら、颯はオレの顎に触れて、顔を上げさせる。 「慧が可愛いから?」 「……笑いながら言うと、嘘っぽい」  照れ隠しで言うと、またクスクス笑われる。そんな颯を下から見上げて、ふと気付く。 「――――颯って、身長いくつ?」 「百八十二とか三?とか」 「オレ、百七十ちょい、てか……高校の頃そんなにおっきかったっけ?」 「オレ、大学入ってから一気に伸びた」 「だよね。なんか昔、同じくらいだった気がするから」  言うと、颯が、ちゅ、と頬にキスしてくる。 「一年、全然絡んでこなかったもんな?」 「颯だって、そうだったじゃん」 「つか、もともといっつもお前から来てくれてたけど?」 「そうだっけ……」  そう言われてみればそうかもしれない。  颯を見つけると飛んでってたような……。  なにしてたんだオレ。 「まあ、オレは、このまま離れた方がいいのかなと思ってたかも」 「……何で?」  颯の言葉にちょっとショック……。離れた方がいいと思ってたんだ。そっか。……て、ショックってなんなの、オレ。 「お前αだし、好きとか思っててもしょうがないから、離れた方がって。そういう意味」  ……そういう意味か。と、ちょっとほっとするオレは、やっぱ変。 「オレ、もう張り合うの、疲れてたから」 「そっか。……でもオレも、別に張り合いたい訳じゃなかったからな」  苦笑いの颯を見上げると、そっと頬に触れられる。 「十二センチ差か」 「……?」 「知ってる? 一番キスしやすい身長差、それくらいだってさ」 「――――……知らない、そんなの」 「オレも今まで気にしたことなかったけど……確かに、ちょうどいいな」  言いながら、ふんわり、唇を重ねてくる。 「な?」  クスッと笑って見下ろされる。 「……オレと離れて、寂しくなかった?」 「――――……別に」 「……オレは、結構寂しかったけどな。すれ違う時しか、顔見ないの」  そんな風に言われて、じっと見上げてしまう。  ……寂しいとは認識してなかった。張り合うのはもういいやと思ってたし。……仲良くなれるはず、ないと思ってたし。  でもいま。颯とこうなれて、オレ。 「――――……」  少し首を伸ばして、颯にキスして、すぐ、離す。 「うん。ちょうど、いい、かも……」  ……嬉しい、かも。  そう言ったオレに、ふ、と目を細めて笑うと。  颯の顔が少し傾いて、重なって。――――……今度は、深く、あわさった。

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