97 / 165

第97話 楽しみすぎる

 推薦文に思いを馳せていると、昴がふとオレを見つめた。 「ん?」 「それ、慧は出ないの?」 「……イケメンコンテストに? オレが?」 「高校の頃は出てたじゃん」 「やだよ。そんなの出たら……」 「出たら?」  ちょっと黙って、考えた後。眉を顰めながら昴を見つめ返した。 「……負けても勝っても、なんか、微妙に気まずくない?」  皆、少し考えてから、まあそっかな? と首を傾げた。 「負けるなら全然いいけど、万一、何かの間違いで、ほんっとーに万一勝っちゃったりしたら嫌だし」 「一回勝ったことあるんだっけ」 「うん……超僅差だけどね」 「あーなんか、思い出してきた」  三人は当時のこと思い出したのか、ははっと笑い出した。 「あん時は勝って、超大喜びしてたのにな?」 「そうそう。やったーって大騒ぎしてたよな」  誠と昴に言われて、「そうだけど、今もう全然気持ちが違うし」と首を振る。 「勝っても負けても、颯はそんなの気にしないで、笑ってそうな気がするけどな?」  健人の言葉に、うん、と頷いてから。 「颯がこだわらなくてもね。誰かに、結婚してる同士で戦ってるとか噂されるのも嫌だし。仲悪いって思ってる人も、まだ居そうだしさ」 「ああ、そっか。そっちもあるか」  健人がんー、と唸って頷く。 「たしかにね……夫夫対決とか、変に騒がれそうだし」 「変な噂になりそうなのはやめたほうがいいかもな」  誠と昴も、同意してくれたところでオレは、ん、と頷いた。 「だから絶対出ないよ。……ていうか、皆が出ればいいじゃん。いい線いくでしょ、皆」  話を振ると、三人は、揃えたみたいに重ねて「パス」と言った。 「なんか昔からそう言うの嫌いだよね。何で?」 「颯に勝てる気ぃしない。張り合うのもあほらしい。つか、お前はほんと、よく張り合ってたよな」  健人が言うと、昴と誠も笑いながら頷く。 「まあ……今になって、なんでオレ、颯に張り合っていられたんだろうって、謎だと思ってるよ」  そう言うと、あれだけ絡んでて今更? と昴に苦笑される。 「まあでも、とりあえず今年からオレは、颯の応援団だから。推薦の紙、貰ってこよっと」  お茶を一口飲み終えたオレは、立ちあがった。 「学祭の本部って、十号館の上だっけ。今誰かいるかなあ?」 「うん。多分誰かは居るんじゃない? もう準備始まってるし」 「じゃあ行ってから授業行くね」 「んー」  皆と別れて食堂を出て、十号館に向かって早歩きで歩き始めた。  その途中、慧くんーと呼ばれて振り返ると。 「あ。奈美。ちょっと久しぶり」  Ω三人と飲みに行って以来。  学部違うとなかなか会わないんだよなーと思いながら。 「こないだありがとね、色々聞かせてくれて」 「こちらこそ。こないだはごちそうさま。って颯くんにもよろしくね」 「うん」 「話がお役に立てたなら良いけど」 「もちろん、色々聞けてよかったよー。あ、そうだ、あのさ」  きょろ、と周りを見回して、少しだけ奈美に近づく。 「今週の金曜から、颯が二泊三日でゼミ合宿なんだけど」 「あ、そうなんだ。それで??」 「あの……巣作りってやつ、してみようと思って」 「あ、そうなの? わー、いいね、ゆっくり、頑張って!」  と言ってから、奈美は、クスクス笑う、   「頑張ってっていうのも変だけど」 「ヒートとかじゃないから、ちょっと真似事するだけかもだけど……」 「あーでも、分かんないよ、寂しいなーとかなってると、なっちゃうかもしれないし」 「そうなの??」 「うん。メンタルも絡むからね。ほんとにヒートになっちゃうと、ちょっときついかもだけど……」 「ヒート、まだ本格的になってないんだよね……変性の時は、わりとすぐ落ち着いたっていうか」 「そっかー……変性って、ほんと珍しいし、ヒートとかって人それぞれだから……」  うーん、なってみないと分かんないね、と奈美に言われる。 「何か困ったら、連絡して? 啓太と紗良にも話しとくから、四人のトークに連絡くれればきっと誰かは返事できると思うし」 「ん、分かった。そうする。ありがと!」 「うん! 頑張ってねー!」 「またねー」  手を振って、奈美と別れる。  ……なんか、口に出したら、すっごく、楽しみになってきた。  奈美はあんな風に言ってたけど、ヒートがくる気配とかは全然なくて、体調も絶好調だし。こないだみたいに具合悪い感じは全然ないし……。  颯の匂いのするものに包まれて、二泊三日、のんびりしようっと。    十号館に向かう足取りは、なんだかめちゃくちゃ軽くて。  もうなんか、スキップでもしたい気分。  楽しみすぎる。  

ともだちにシェアしよう!