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番外編 バレンタインデー 4

   授業が終わると、宣言通り、皆にじゃあねと言って教室を一番に出た。軽く走って坂を下りて、駅前のお店の地下へ。惣菜やお菓子を売ってる階なのだけど、エスカレーターで降りながら見えるその階の様子に驚く。  ――――……ひえー。  皆に聞いて、少し心の準備はしていたはずなのに、心の中で悲鳴が上がった。辛うじて、口には出さなかったけど。顔には出てたような気がする。……だって、すごいんだもん。  人がたくさんすぎる。しかも女の人しか見えない。うわ。オレ、ココに入るのか。おかしいな。男のΩもあげるんじゃないの? 男、少しは居るかと思ってたのに、全然居ないな。………これが分かってるから事前に買ってるのかな。  オレも来年は絶対、もうバレンタイン商戦始まったあたりで買いに来ようと誓いながら、一歩を踏み出す。  すごい列ができてるとこは、時間がかかりそうなので、後回し。でも人気あるってことは、おいしいのかも……。と、あちこちキョロキョロしながら、進んでく。通路も人がいっぱいで、ここ、何回も来たことあるけど、過去一番だ。  すごいな、バレンタインって。  ――颯、どれか好きかなあ。あれもこれもおいしそうだし。めっちゃ綺麗な芸術品みたいなのあるし。もう選びきれず、何回も同じ店を行き来してウロウロしてる内に、超笑顔の店員さんに話しかけられたりして、なんだかものすごく時間がかかってしまった。タイミングによって、さっきまで空いてた店が、ものすごい列になっちゃったりして、もうほんと、大変。  すぐ買って帰ろうと思ったのに、ふと気づくと一時間以上もここに居る。今日はもう他のものとか見てる暇無さそう。颯ごめん、来年はもっと考えるからね……! と心の中で謝りつつ。  やっと、二択まで絞る。  おいしそうなチョコケーキと。トリュフチョコ。  トリュフチョコ、いっこで、めっちゃ高くて、びっくり。  一粒でこんな値段するチョコ、初めて見た……。  どっちがいいかな……どっちも買っちゃおうかな。そんなに颯、甘いの食べないだろうけど。ちょっとだけならおいしいって言ってたし。ふふ。残りはオレがもらってもいいし、なんて考えつつ、結局、両方購入。  やっと店を出ると同時に、颯に電話をかけた。 『慧? 店出た?』  出ると同時に、颯の声。 「うん、ごめん、遅くなって。今からダッシュで帰るから」 『今どこ?』 「駅前、歩いてる」 『行くから、ダッシュしなくていいよ』  聞こえる音の中に、もうドアを開く音がした。  もう来てくれるのは確定みたい。皆の、もうバレてるよっていう声も聞こえてきて、「ありがと」と受け入れると。 『会うまで、このまま話してる?』  優しい声が聞こえる。 「え。うん。話す」  颯と電話で話すのって、たまにしかない。  電話越しの声、大好きだから、すぐ頷いた。  もう、どうせ来たら紙袋でバレちゃうし、先に言っておこうと思って話し始める。 「あのね……バレンタインのチョコ、選んでたら、決まらなくてさ。すごい遅くなってごめん」 『あぁ。うん――そんなとこかなと」  クスクス笑う颯の声。 『急に用事とか言って中身を言わないから、隠したいのかと思って聞かなかったんだけど』  うう。その通りです。 「会ったらもうバレちゃうから先に……」  苦笑しながら言うと、颯がおかしそうに笑う。  ――――電話越しに颯が笑ってる声、好き。  そんな風に思いながら、話していると。  前から、めちゃくちゃカッコいいシルエットの人、発見。まだ顔は見えないけど。颯だ、と、嬉しくなる。 「オレ、颯、見つけた」  そう言うと、『オレも』と颯。 「颯って、背高くて目立つし、遠くからでもすぐ分かる」 『はは。おんなじこと、思ってるけど』 「そう? オレ、颯ほど背は高くないけど」 『――――』  返事が来る前に、颯の方に駆け寄って、近くで見上げる。 「ただいま、颯」  スマホをポケットにしまうと、その手を繋がれた。 「おかえり」  ふ、と微笑んで、オレを見つめる颯の笑顔は。  もうめちゃくちゃ優しくて、きゅん、とする。 「ていうか、昔から、慧はさ」 「うん」 「特に、オレのとこに駆け寄ってくる慧は……普通の景色の中に、キラキラが突然沸いたみたいなイメージ、というか……」 「……んん?」  オレが首を傾げて、どういうこと? と聞いてると、颯はクッと笑い出して、「そんな風に、見えてたんだよ」と言う。  キラキラ? ……んー。颯の周りには、キラキラオーラ、確かにあるけど。  漫画だったら、なんかキラキラな効果音ととも登場してそう。  しゃららん、みたいな? 「好きな奴はそう見えるのかもな」  さらっと言われて、「え」と照れまくっていると。ぷ、と笑われて、手をぎゅと繋がれる。 「なんで好き、くらいでそんな照れるかなぁ……知ってるだろ、オレが、慧のこと好きなの」 「……っ知ってる、けど」  ぽ、ぽ、ぽ、ぽ。  秒ごと、顔に熱がともってくみたいな感覚。  ああ、なんか駄目だ。嬉しくて、なんか熱い。 (2025/3/6)

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