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番外編 バレンタインデー 5
「にしても荷物多いな。少し持つ?」
颯が優しく聞いてくれるけど、なんとなく、颯のバレンタインと、今日皆にもらったものなので、颯に持って貰うのは違う気がして、大丈夫、と答える。そか、と笑う颯はそれ以上言わないから、なんとなく分かってくれてるのかなと思う。
外はそれなりに寒いのに、繋いでる手はぽかぽかあったかいし、なんだか心の中も、ほんわかしてる。その上、頬まで熱くなると、もうおかしい。オレは寒さをほとんど感じないけれど。
「颯、ごめんね、寒いのに」
「つか、慧を迎えにくんの、嬉しいし。ごめんねとかいらないよ」
「じゃあ……ありがと」
「ん。そっちが正解」
颯はクスクス笑いながら、手を繋いでない方の手で、オレの頬にぷに、と触れた。一瞬だけ触れたあったかい手。ますます心の中、ほわんほわんしたまま、マンションに帰り着く。
うう。好きすぎるんですけど。オレ、颯のことが。
昔は想像もできなかったくらい、颯の言葉はいつも優しい。それから、オレには嬉しい誤算なんだけど、颯はオレから見てもクールな感じだったから、こんな風に、優しい接触とか、めちゃくちゃふんわり笑ってくれるとか、むしろ颯の方からイチャついてくれるとか。あんまり想像できなかったから。
颯と過ごす時間が増えれば増えるほど、なんだかもう、好きな気持ちが、どんどん降り積もっていく。
玄関を開けると、なんだかすごく、いい匂い。
「めちゃめちゃいい匂いがする」
「煮込みハンバーグかな」
「えっおいしそう……!」
「バレンタインで検索して出てきた中から早めに出来る料理、選んでみた。準備手伝って」
「もちろん」
紙袋のチョコたちは、とりあえず紙袋のまま、キッチンの端っこに並べておいた。料理はもうほとんど出来てたので、お皿によそったり、テーブルに並べたりする。
ハンバーグを温めてる颯の近くで、フランスパンをトースターに入れながら、オレはふと気になって颯を見つめた。
「颯、今日、チョコもらった?」
「今年からは受け取らないって伝えたから。貰ってないよ」
あ。そっか……。えーと……。
さすが颯さん。抜かりないというか……オレがアホなんだろうか。
「……それ、オレにも言っといてほしかった。そういうの前もって、思わなくて……というか気づいたら今日がバレンタインで」
「たくさんもらった?」
「ん。皆、友チョコだよって言ってたから、断るのも変でさ」
「友チョコならいいんじゃない? オレはョコ自体あんまり食べないから、結婚したしもういいかなって――毎年困ってたし、良い機会だったというか」
ふ、と苦笑して、ここだけの話な、と颯が言うのを聞いて、うん、と頷く。
「んん、でも、それでもごめん、気付かなくて。もうすぐバレンタイン、とかは分かってたのに、今日、貰ってから、気付いて」
「ん、全然。いいよ」
クスクス笑って、颯はオレを見つめてくる。
優しく緩んだ瞳に、本気でいいよって言ってくれているのは分かるのだけれど。
「ごめんね?」
もう一度そう言ったら、颯は、じっとオレを見つめて、クスッと笑う。
「いいって。全然気にならないし」
「――……やじゃないの?」
「全然。別に来年も、いらないとか言わなくていいよ」
「……ほんとに?」
「ほんとに――――はい、持ってって」
めっちゃめちゃおいしそうな煮込みハンバーグのお皿を渡されて、わぁ、と笑顔になってしまう。テーブルに置いて、颯がまたよそってる側に立つと。
「慧にも貰ってほしくなかったら、ちゃんとそう言ったよ」
「貰わないでって? 颯、言わなそう……」
「んー? 貰ってほしくなかったら言ったけどな?」
クスクス笑って、颯はオレを見つめて、「はい」とお皿を渡してくる。
テーブルに運ぶ後ろから「ちょっと飲む?」と颯が声をかけてくる。
「美味しそうな梅酒が売ってたから買ってきた。炭酸で割って飲む?」
「飲む―!」
「少し薄めにな。明日学校だし」
「うんうん」
颯、好き。梅酒も好き。なんて思いながら隣に立つと。オレを見て、ふ、と笑った颯に、不意にすぽっと抱き締められた。
ぽふぽふと頭を撫でられる。
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