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番外編 バレンタインデー 7

「ん、おいし、かった、よ……?」  急になんだか、あやしい、雰囲気なような……?   至近距離からオレを見つめる綺麗な瞳に、めちゃくちゃドキドキしてしまう。 「颯……?」  名を呼んだオレに優しく笑うと、颯は、ちゅ、と優しくキスしてくれた。オレの頭を撫でると少し離れて、颯はコーヒーの準備に戻る。  なんとなく、少しだけ黙ってから、ふと思ったことを、オレは口にした。 「――匠のチョコ、昴もおいしかったって言ってたけど」  そう言いながら、颯を見上げると、颯はオレを見つめ返して頷いてから。 「匠は、昴たちにもあげてた?」 「うん。そう言ってた」 「ん。そか」  少しだけ間を置いてから、くす、と颯が笑う。  ……なんかちょっと、気になるのは、なんだろ。  颯の口調は、穏やかで、いつも通り優しくて。  ……でもなんか、さっきからちよっと気になってるのは……。 「慧、ケーキ、皿にのせるよな?」 「あ、うん」  聞かれて、ちょっと思考が止まる。 「この皿で良い?」 「うん。ありがと」  食器棚から出してくれたお皿。ふちは金色。小さなバラの絵が描いてあって、可愛い。静かにオレの横にお皿を置いてくれた颯の綺麗な指を見つめてから、オレは、ケーキの箱を開けた。 「このお皿、ケーキが映えそう」 「これは姉貴が置いてった」 「舞さん、センスいいね」  そう? と颯が微笑む。うん、と頷いてから、オレはケーキを切って、お皿にのせた。その隣に、トリュフチョコも並べる。 「慧、テーブルで食べる? ソファがいい?」 「ソファがいいな」 「ん、いいよ。コーヒー持ってく」  颯の言葉にそう答えたのは、ソファの方が颯と近い気がするから。コーヒーを置いた颯が戻ってきて、フォークを用意してるオレの隣に立った。 「あ、そうだ、莉子ちゃんのチョコのお返し、一緒に選んでくれる? 颯も選んでくれたら喜ぶと思うから」 「もちろん。いいよ」 「匠にも、何か一粒お返しするみたいなんだけど。兄妹にお返しなんて初めてかも」  少し笑ってしまいながら、オレは、莉子ちゃんのチョコの蓋をしめた。 「とりあえず今日は、オレの食べてほしいから、全部冷蔵庫しまっとくね」  莉子ちゃんや皆からのチョコと、残ったケーキたちを、冷蔵庫に入れてから、オレは颯を振り返った。 「あのさ、さっきの話、途中になっちゃったけど……オレも、来年はチョコ要らないって言うから。今年だけは女の子たちにもお返ししていい?」 「もちろん……というか、本当にいいよ、言わなくて。オレがチョコ、そんなに食べないのも知られてて、チョコ以外の物を貰うことも多かったから、もう受け取らないことにするって言っただけだし」  そう言いながら、颯はオレの頭をポンポンと叩く。 「つか……そんなお返しのことオレに聞かなくていいよ。そんな些細なこと、嫌でもないから」  至近距離で、囁かれて。すごくなんか、ほっこりしていると。 「――それに、べつに本命チョコでも、いいと思うくらいだし」 「えっ。そうなの??」  ……なんで?? ……オレは颯が本命チョコ貰ってたら、それはちょっとは嫌……かもしれないけどな。なんて思っていると。 「慧が好かれるのは分かるし。オレの|番《つがい》はいいよなって、言いたいくらいだし」 「――――……」  ……なんだかなぁ。……多分本気で言ってるんだろうな。  言われた言葉を噛みしめて。なんか颯ってほんと、心広いというか……懐が大きいというか。そういう考え方、好きだって思うし。  ……オレの番いいよなって……嬉しすぎるんだけど。  ぽぽ、と熱くなってると。 「慧がそっちに靡かないように、オレは頑張るし」 「――颯……」  じっと見つめてるオレの頬に、颯が触れて、整った顔が少し傾いて近づく。  見つめ合ったまま、キスされる。ゆっくりと触れた優しいキスが離れて……ドキドキしてると、颯の瞳が、優しく細められた。 「つか、靡かせないから」 「――――」  なんだかもう、胸がキュンキュンしすぎて、痛いくらい。もうほんと重症。  番になったあの時。「後悔すんなよな」って言ったオレに、「しないし、させないから」って言ってくれた言葉を、なんだか思い出してしまった。 「それに、慧が下心があってお返ししてるなんて思わないし。だから、全然平気」 「ある訳ないよ」 「なら、いいよ。慧が好かれてんの、嬉しい」 「――――颯って……」  颯って……。  とっさに出てきたその言葉に、何を繋げていいか、分からない。  なんか、神様みたいに優しいなと思ったけど、なんかそれも違う気がするし。  ……なびかせないっていうのも、カッコいいし。  オレが好かれてるのが嬉しいとか。何。もう、ほんと、何なんだ。 「……颯って、理想、かもしれない」 「ん? 理想?」 「うん。理想――オレも、つりあうようになりたい……んー。どうだろ、なれるかなあ……」  なれるだろうか、この感じに釣り合うように。  うーん、と考えていると。 「慧は、そのまんまがいい」  撫でられて、ふと颯を見ると、なんだかめちゃくちゃ優しい顔でオレの頬に触れてくるから。  ――――……なんかもう、撃沈な気分だったりする。    

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