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番外編 バレンタインデー 8

 人の言葉を聞いて、こんな風に実際ドキドキするなんて。  颯とこうなるまで、なったことのない感覚だと思う。  颯と接してると、いつも不思議なくらい、ドキドキする。  颯に見つめられるだけで、体の中とか心の中とか、ふわふわして、なんならちょっと浮かんでるみたいな気がするような。不思議。   「慧」  一度、ゆっくりゆっくりキスされる。柔らかく触れた唇が、ゆっくりと離れる。頬に触れていた手が、すり、と滑って、顎に触れる。  颯の指の感覚、ただひたすら追ってしまう。目は、逸らせない。  もっと、キス、してほしい。なんかさっきから、キスしては離れて……なんかもどかしい。思ったけれど、する、と手が離れて、颯がふとカウンターの方に目を向けた。 「食べよっか」 「……あ、うん」  そうだった。せっかく買ってきたチョコ。颯に食べてほしいんだった。  ――キスしてたかったけど、しょうがないか……。  なんだかとっても残念に思いながら、颯から少し離れる。お皿をローテーブルに運んで、隣に並んで座った。窓から見える夜景はとっても綺麗で、いい雰囲気。 「ん、美味しい」  ケーキを一口食べて、颯が微笑んでオレを見つめる。 「良かった」  ふ、と顔が綻んでしまう。颯が笑ってくれるの、嬉しい。  ――――ぱく、とオレもケーキを口にしながら、考える。  オレってば、ほんと、颯のことが好きすぎるよな。  ……笑ってくれるだけで、こんなに嬉しい。  作ったわけでもない、ただ選んだだけのチョコケーキを、おいしいって言ってくれただけで、幸せになっちゃうし。  ……ずっとキスして、ずっとくっついていたい、とか。  自分がこんな風になるなんて、不思議だけど。 「慧、ちょっと待ってて」 「あ、うん」  チョコケーキを食べ終えた颯が立ち上がって部屋を出て行くのをなんとなく見送りながら、オレも最後の一口食べ終わる。  おいしかったな。コーヒーを飲むと、甘さがやわらいでちょうどいいや。  あとはめっちゃ高かったトリュフチョコ。これも、おいしそう。  良いケーキとチョコ、買えてよかったけど、来年はほんと、もっと早く準備しよっと、なんて思う。  ……それに、さっきから、なんだかずっと気になってること。  さっき、颯に、チョコを食べさせてあげてからなんだけど……。 「――――……」  軽く曲げた右の人差し指で、自分の唇に触れる。  んー……。なんだかな。ちょっと、もう一度、試してみよう。  って……あれ、颯は? と気づいて、ドアの方を振り向いた時、ちょうど戻ってきた颯が、「はい」と何かを差し出してくれた。 「――え、何??」 「オレからの、バレンタイン」  手渡された、小さな紙袋。オレの好きなブランドのロゴの金色が小さく光を反射する。中の箱を取り出して、丁寧に結ばれた可愛いリボンに指をかける前に、颯を見上げた。 「開けてもいい?」 「もちろん」    颯が、ふっと優しく微笑むと、それだけなのに、胸の奥に、ぽ、と熱が灯る。  (2025/5/16)

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