223 / 228
番外編 バレンタインデー 9
滑らかなリボンをほどいて、しっかりした質感の箱の蓋をゆっくりと開いた。
中に入っていたのは、レザーのキーケース、同じものが二つ。黒色の皮に、縫い目が赤。
随分前に雑誌を見てて「これ可愛い」と言った記憶がよみがえる。
「これって、予約じゃなかった?」
「ん。まあ、他にもいろいろ考えたんだけど……結局これがいいかなって」
「――ありがと、颯。すっごい嬉しい」
しかも。
……たった一言、可愛いって言って。颯も、ん、て微笑んだだけの、短い会話だったから。
覚えててくれたことが、嬉しい。
ふたつ手に取って、もう、ちょっと感動しながらキーケースを開くと、内側にオレのイニシャルと小さなハートマークの刻印。
「ひゃー可愛い……なにこれ。ハートの刻印なんて、初めて見た」
「バレンタインのサービスだってさ」
クス、と笑ってから、「ハートを頼むの、照れた」と苦笑する。そんな颯が可愛く見えてしまって、きゅんが激しすぎて、呼吸困難になりそう。
もうひとつも、そっと開いてみる。そこには、颯のイニシャルと、同じハートマーク。
「せっかくだし、お揃いで――しかもこれさ」
「ん?」
ひとつを持った颯が、キーケースを後ろに向ける。下の方の端っこに小さく赤い縫い目がある。その縫い目のところ、オレが持ってたのと合わせると。
「わー。これ、ひとつのハートになるんだね」
「まあとにかく、ハート、頼むのは照れたけど」
今もちょっと照れてるみたいに、口元に手を当ててクスッと笑う颯に、きゅん、とする。
「ネットで買わなかったの?」
「実際触ってから決めたくて、店に行ったから」
――いつ行ってくれたんだろ。全然知らないし。
当日に急いでチョコ買いに行って、バレバレだったオレとは、なんか違いすぎるような……? ちょっとだけ落ち込みかけたところで。
「慧は、どっちがいい?」
「どっちが、って……」
颯のイニシャルのと、オレのイニシャルの、同じデザインの。
普通なら、自分の名前のだと思うんだけど――聞いてくれるって、ことは。
「オレ、颯のイニシャルのを持ちたい」
そう言うと、颯は、ふ、と嬉しそうに笑って、「オレも慧のが良かった」と言ってくれた。颯が嬉しそうなのが、オレも嬉しい。
一瞬落ち込みかけた気持ちが颯の笑顔でふわりと、簡単に浮上する。単純かもだけど、胸がいっぱいになる。
颯が大好き――それだけで十分なのかなって、気がしてくる。
「颯」
颯の首に手を回して、むぎゅ、と抱きついた。
「ありがと、颯。すっごい嬉しい」
「――」
「使う時いっつも、颯のこと、思い出すと思う」
背に颯の手が触れる。
少しだけ離されて、オレを見つめた颯が、ふわりと笑った。
「注文するの恥ずかしかったんだけど……買って良かった」
お店で、買うの照れてた颯も、見たかったな。なんて思いながら。
オレの一言、ちゃんと覚えててくれて、予約してくれて、こんな風にプレゼントしてくれて――。
本当に、世界で一番嬉しい、プレゼントな気がして。
こんなふうに、大切にしてくれる颯のこと。
オレも、もっともっと、大事にしなくちゃ、なんて思いながら、ぎゅーとだきついた。
「あとで鍵、付け替えようね」
ウキウキしながら、とりあえず、ふたつのキーケースを箱の上に置いて、オレは颯を見上げた。
「チョコ……食べてもらっていい?」
そう聞くと、颯はクスクス笑う。
「食べるに決まってるし。ていうか、どういう質問?」
「んと……オレが、食べさせても、いい?」
「――ん。いいよ」
ちょっと不思議そうにしながらも、颯は面白そうに、オレを見つめる。
オレは、ん、と頷いて。トリュフチョコを一つ、つまんだ。
「はい」
チョコを、颯の口に近づける。目があって、ふ、と颯が微笑む。
唇が、少し開いて、その僅かな動きだけで、ドキ、と心臓が弾んで、胸が苦しくなる。
「――――」
颯の全部が好きだな、って、思ってしまう瞬間だった。
綺麗。颯の唇。
瞳も。
手から、食べて、くれるのって――――。
「……っ」
やっぱり、ドキドキする。胸の中、熱い。
颯の口にチョコが消えて、「ん、おいしい」と、微笑んでくれると。
苦しいな、とすら、思う。
「――――……」
息を顰めて、ずっと見守ってたオレは。
……颯に近づいて、そのまま、ゆっくり、顔を寄せた。
「慧……?」
颯に呼ばれるの。好き。こういう時、ちょっと低くなる、静かな声。
ほんとに、好き。
胸の奥で、何かが暖かく、重なってくみたい。
そっと、キスを、した。
(2025/5/17)
今回の颯、可愛いなと思って下さったかた~(^o^)丿ハーイ♡orリアクションで✨
イルカナ…(´∀`*)ウフフ
ともだちにシェアしよう!

