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番外編 バレンタインデー 9

 滑らかなリボンをほどいて、しっかりした質感の箱の蓋をゆっくりと開いた。  中に入っていたのは、レザーのキーケース、同じものが二つ。黒色の皮に、縫い目が赤。  随分前に雑誌を見てて「これ可愛い」と言った記憶がよみがえる。 「これって、予約じゃなかった?」 「ん。まあ、他にもいろいろ考えたんだけど……結局これがいいかなって」 「――ありがと、颯。すっごい嬉しい」  しかも。  ……たった一言、可愛いって言って。颯も、ん、て微笑んだだけの、短い会話だったから。  覚えててくれたことが、嬉しい。  ふたつ手に取って、もう、ちょっと感動しながらキーケースを開くと、内側にオレのイニシャルと小さなハートマークの刻印。 「ひゃー可愛い……なにこれ。ハートの刻印なんて、初めて見た」 「バレンタインのサービスだってさ」  クス、と笑ってから、「ハートを頼むの、照れた」と苦笑する。そんな颯が可愛く見えてしまって、きゅんが激しすぎて、呼吸困難になりそう。  もうひとつも、そっと開いてみる。そこには、颯のイニシャルと、同じハートマーク。 「せっかくだし、お揃いで――しかもこれさ」 「ん?」  ひとつを持った颯が、キーケースを後ろに向ける。下の方の端っこに小さく赤い縫い目がある。その縫い目のところ、オレが持ってたのと合わせると。 「わー。これ、ひとつのハートになるんだね」 「まあとにかく、ハート、頼むのは照れたけど」  今もちょっと照れてるみたいに、口元に手を当ててクスッと笑う颯に、きゅん、とする。 「ネットで買わなかったの?」 「実際触ってから決めたくて、店に行ったから」  ――いつ行ってくれたんだろ。全然知らないし。  当日に急いでチョコ買いに行って、バレバレだったオレとは、なんか違いすぎるような……? ちょっとだけ落ち込みかけたところで。 「慧は、どっちがいい?」 「どっちが、って……」  颯のイニシャルのと、オレのイニシャルの、同じデザインの。  普通なら、自分の名前のだと思うんだけど――聞いてくれるって、ことは。 「オレ、颯のイニシャルのを持ちたい」  そう言うと、颯は、ふ、と嬉しそうに笑って、「オレも慧のが良かった」と言ってくれた。颯が嬉しそうなのが、オレも嬉しい。  一瞬落ち込みかけた気持ちが颯の笑顔でふわりと、簡単に浮上する。単純かもだけど、胸がいっぱいになる。  颯が大好き――それだけで十分なのかなって、気がしてくる。 「颯」  颯の首に手を回して、むぎゅ、と抱きついた。 「ありがと、颯。すっごい嬉しい」 「――」 「使う時いっつも、颯のこと、思い出すと思う」  背に颯の手が触れる。  少しだけ離されて、オレを見つめた颯が、ふわりと笑った。 「注文するの恥ずかしかったんだけど……買って良かった」  お店で、買うの照れてた颯も、見たかったな。なんて思いながら。  オレの一言、ちゃんと覚えててくれて、予約してくれて、こんな風にプレゼントしてくれて――。  本当に、世界で一番嬉しい、プレゼントな気がして。  こんなふうに、大切にしてくれる颯のこと。  オレも、もっともっと、大事にしなくちゃ、なんて思いながら、ぎゅーとだきついた。 「あとで鍵、付け替えようね」  ウキウキしながら、とりあえず、ふたつのキーケースを箱の上に置いて、オレは颯を見上げた。 「チョコ……食べてもらっていい?」  そう聞くと、颯はクスクス笑う。 「食べるに決まってるし。ていうか、どういう質問?」 「んと……オレが、食べさせても、いい?」 「――ん。いいよ」  ちょっと不思議そうにしながらも、颯は面白そうに、オレを見つめる。  オレは、ん、と頷いて。トリュフチョコを一つ、つまんだ。 「はい」  チョコを、颯の口に近づける。目があって、ふ、と颯が微笑む。  唇が、少し開いて、その僅かな動きだけで、ドキ、と心臓が弾んで、胸が苦しくなる。 「――――」  颯の全部が好きだな、って、思ってしまう瞬間だった。  綺麗。颯の唇。  瞳も。  手から、食べて、くれるのって――――。 「……っ」  やっぱり、ドキドキする。胸の中、熱い。  颯の口にチョコが消えて、「ん、おいしい」と、微笑んでくれると。  苦しいな、とすら、思う。 「――――……」  息を顰めて、ずっと見守ってたオレは。  ……颯に近づいて、そのまま、ゆっくり、顔を寄せた。 「慧……?」  颯に呼ばれるの。好き。こういう時、ちょっと低くなる、静かな声。   ほんとに、好き。  胸の奥で、何かが暖かく、重なってくみたい。  そっと、キスを、した。 (2025/5/17) 今回の颯、可愛いなと思って下さったかた~(^o^)丿ハーイ♡orリアクションで✨ イルカナ…(´∀`*)ウフフ

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