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【第一章 夜に秘める】「剣を忘れるな」(3)

 アルフォンスはブルリと首を振った。  簒奪王カインは王都包囲を解くと約束した。  少々不本意な目にあったが、交渉成立と思えば良いではないか。  風呂から出たら王都へ帰ろう。  ああ、その前に預けた剣と馬を取り返さなくてはならないな。  そう口にしながら手を伸ばす。  蛇口をいっぱいに捻った。  タンクの湯を使い果たしてやれ。  あいつが風呂に入ろうとしても、湯など一滴も出ないように。  山地を流れる急流にでも入って頭を冷やせとせせら笑ってやればいい。  シャボンの容器を乱暴に振って泡を出していたせいだろう。  背後の気配に気づくのが遅れた。 「アル……」  聞き慣れた低い声に、アルフォンスの全身が硬直する。  振り返って怒鳴りつける?  それとも、お前などこの世に存在しないとでもいうように完全に無視を決め込んでやるか?  迷う間に、背後の男はおずおずといった様子でバスタブの際に腰を屈めた。  大柄な身体を精一杯縮めるようにしているのは、アルフォンスの子飼いの部下ディオールである。 「すまない、アル。私はあんたを守るために付いてきたのに」  距離の近いいつもの話し方に、アルフォンスはギリリと奥歯を噛みしめる。

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