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【第一章 夜に秘める】「剣を忘れるな」(13)
「よせ、ロイ将軍。この方への無礼は許さん」
王の激高に、将軍は髭の先まで震わせて這うような体で敵国の王弟から離れる。
「勿体ない。ここでは手に入れるのが難しい牛の肉ですのに」
うって変わって穏やかな調子で、王は床を見下ろした。
「芳醇な旨味、柔らかな肉質……ぜひ召しあがっていただきたかった」
余裕の表情で皿を拾う男を睨み据える翡翠の双眸。
「牛肉も食卓にのぼらない貧しい国で悪かったな」
すみませんとカインは眼を伏せる。
「今のは僕の言い方が良くなかった。配慮が足りませんでした」
反省したというよりは、想い人の怒りを鎮めるのに言葉を選んでいる様子だ。
とはいえ、カインの言うとおりである。
レティシアの王族から庶民に至るまで主食は芋、それからわずかに獲れた小麦から作られたパン。
主菜は豚肉が主流であった。
牛は育てるのに数年かかる。
牧草も多く必要だ。
鶏は成長は早いものの食べるところが少ない。
両者の欠点を補う食材が豚であったのだ。
古王国と呼ばれつつもその実、レティシアが長く存続しているのは険しい山に囲まれた狭い土地しか持たず、交通の便もよくない土地が歴史上の大国にとって旨味がなかったからにすぎない。
国境沿いの僅かな牧草地を守って細々と存続しているだけだ。
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