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【第一章 夜に秘める】屈辱のくちづけ(1)

 グロムアス遠征軍の宿営地を、驟雨が覆っていた。  日中といった時間なのに薄暗い。  あちこちに焚かれた篝火の傍らでは、兵士たちが軍馬に餌をやっている。  その向こうでは、濡れないようにと油脂で火薬を包む将らの姿も。 「随分と軍の動きが慌ただしいな」  精一杯の高慢、そして本能的な防衛心から胸の前で腕を組みアルフォンスが呟いた。  黄金色の髪が湿気を吸ってピンと跳ねている。  王の天幕から出てきたのは、ロイといったか──髭面の将軍もディオールもいないからだ。  カインと室内に二人きりにされてはたまらないという思いだろう。 「撤退準備をするよう命じました」  首筋に降り注ぐ深い声に、アルフォンスの腕に力が入る。  先ほどまでロイや他の将らに細々と指示を与えていた王が、今は手持無沙汰といった風に天幕から出てきたのだ。 「撤退だと」  動揺を悟られまいとするように、アルフォンスは殊更にゆっくりと繰り返す。 「本当に軍を退いてくれるなら、俺としてもわざわざこんな所にまで出向いてやった甲斐があったというものだ」  チラとこちらを伺う様子のカインを「何だ」と睨みつけた。

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