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【第一章 夜に秘める】屈辱のくちづけ(8)
「いいな、これは交渉だ。俺にはレティシアの民を守る責任がある。軍を退いてくれるなら、首を差し出す覚悟で来たんだ」
眩しそうに目を細めて金髪の王弟を眺めるカインだが、彼の優位は動かない。
「こちらはもう撤退準備を進めています。あなたも僕の望みを聞くというなら、まずはその証を」
「証だと?」
王の天幕付近には殊更に篝火が多い。
ディオールや、その近くで働くロイばかりでなく大勢の兵士がちらちらとこちらに視線を送っていた。
注視の中、アルフォンスはカイン王の胸倉をつかんだ。
乱暴に引き寄せる。
きつく結ばれた唇が、ぶつかるように黒衣の王のそれに当てられた。
囚われの王弟が敵王に恭順のくちづけを捧げる様は、舞台の一幕のように兵士たちには見えただろう。
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