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【第一章 夜に秘める】屈辱のくちづけ(12)

「ち、違う……俺は泣いてなんか……」  高慢を包み込むように、カインの手がアルフォンスの頬に添えられた。  長い指が目尻を拭う。 「夕べは我を忘れて無茶をしてしまいました。馬車の揺れはつらい? 身体が痛む?」  探るように近付く唇。  耳元をくすぐるやわらかな息遣い。  問いに、アルフォンスは首を振った。  だってあんなこと、何でもないんだから。 「王都から離れるのがつらいですか?」  もう一度首を振る。  これまで軍の遠征で何度も国を離れた。  特段、感傷なんてあるはずない。  それに自分には国と民を守るという責任がある。  ならば何故こんなにも心が乱れるのだ。 「見るな……っ」  湿気を吸って跳ねた黄金の毛を、カインはゆっくりと撫でた。  唇がアルフォンスの頬に触れ、零れる涙を啜る。  強情さと頼りなさの間を揺らぐ王弟は、触れられるたびにピクリと睫毛を震わせた。 「あなたを泣かせたのは僕です。全部、僕のせいにしていいから。だから……」

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