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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】絢爛たる都(4)

「ヒ、ヒゲを剃ったのは貴様に言われたからじゃねぇよ。帰国したら妹に兄さん汚いって言われて……」 「妹だと?」 「軍事国家を支える将として、この顔では締まらんから無理矢理ヒゲを生やしてただけだ。ずっと剃りたいと思ってたんだ」  しどろもどろの言い訳を、しかしアルフォンスは聞いてはいないようだった。  憎まれ口を叩くものの、美貌は焦りと憔悴に曇っている。  無理もないとロイの胸に去来した感情は、同情というものだろう。  この数日、彼の身に起こった出来事を考えれば腹立たしい思いは消えてなくなる。 「アルフォンスさん、勝手に出て行かれたらわたしが叱られてしまいます」  だから再び見張りの声が近付いてきたとき、ロイはアルフォンスの手をつかんで駆け出したのだった。 「黙ってついてこい。逃がしてやる!」 「お、おい?」  当のアルフォンスは足をもつれさせた。 「将として、王の命に逆らうわけにはいかない。でも逃がしてやる。だって、人を無理矢理連れて来るなんて……こんなの正しくないだろ」  王宮から街に続く水路がある。  そこを使おうと告げるロイを、驚いた表情で見つめるアルフォンス。  フ、フォークで脅されたからじゃねぇぞと焦ったように付け足す様に、唇の端を歪ませた。 「人が好いな、ロイ。それで将が務まるのか?」 「まずは素直に礼を言え!」  顔を見合わせ、それから二人は苦笑した。

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