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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】絢爛たる都(11)
※ ※ ※
──戻りたくない。
水面がざわつく。
不意に吹きだした風が水音を立ててくれるのをよいことに、アルフォンスは小さく呟いた。
腹の奥がじくじくと疼く。
馬車の中は、甘やかな退廃が支配していた。
髪を頬を唇を愛撫する手には、まやかしだろうか。優しさも感じたのだ。
身体を揺らされるたび、ギシギシと軋む座面。
至近距離で感じる互いの息遣い。
抽挿を繰り返すたび、はしたなく溢れだす蜜の音。
囁く深い声はひたすらに甘く、アルフォンスの脳裏から国も責任も──大切な姉の存在すら遠のいていったのだ。
剣ダコのできた指がそっと己の唇をなぞる。
何度もカイン王の唇で覆われた故か、油分が失われてかさついていた。今だってそうだ。
舌など、もはや誰のものだか分からない。
言葉を発するため上顎に己の舌が触れるたび、簒奪王のくちづけを思い出して身体の奥が熱くなるのだ。
ロイは早く国に戻れるといいなと言った。
敵国の将としてあまりに無邪気な言葉を思い出し、アルフォンスは自嘲気味に呟いた。
「たとえ国に帰ったとしても俺は……馬車に乗る前の俺には戻れない……」
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