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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】約束はきっと儚い(5)
うちの坊ちゃんとはカイン王のことであろうか?
背が高く慇懃な態度を思い返すに、その呼び名には著しく違和感を覚える。
もっと言うとだ。
「坊ちゃんなんて気色悪い」
呟いた感想は、幸いフリードの耳には届いていないようだった。
分別あるはずの中年は、しかし己のお喋りに夢中なようだ。
今は何やらカイン王の幼少期の逸話を懐かしそうに話している。
グロムアスに来たばかりのころ、夜中にうなされては城中に響く大声で泣いていたとか。
剣の稽古が苦手だったとか。
再びアルフォンスの意識は窓の外へ向けられる。
市壁の唯一の弱点である水路だが、そこを足掛かりに攻撃を仕掛けるには大軍で攻め込むような正攻法では駄目だ。
少数の精鋭による隠密行動で、あの場所から街に入り込む。
もちろんグロムアスとて弱点を放置はしていない。
見張り小屋を造って昼夜問わず兵士が常駐している。
「騒ぎにならないように水路を突破できる精鋭がレティシアにいるか?」
「脱出の計画ですか?」
不意に耳元で囁かれ、アルフォンスは息を呑んだ。
フリードのそれではない。
深く響く声に、耳朶が熱くなる。
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