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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】約束はきっと儚い(8)

「グロムアス王都はもっと息苦しいところだと思っていた。お前が治めているなら、民を押さえつけて自由を奪っているものだと。不当な刑罰を与えたり、法を曲げているものとばかり……」 「……息をするように僕の悪口を仰いますね」 「ふっ……」  軽口を叩き合う今のひとときが心地良い。  何だろう、これは安らぎというものなのか?  それとも幾度も身体を重ねた気安さか?  傍らに立つ黒衣の胸に凭れかかりたくなる衝動を、アルフォンスは必死に抑えていた。  そうだ、絶対にほだされてはいけない。  俺はこいつを許さないんだから。  それでもほんの少し身体を寄せていたのだろう。  カインが纏う例のシャボンの香りにアルフォンスは半眼を閉じた。  睫毛が震え、そのままゆっくりと目を瞑る瞬間。  アルフォンスの双眸が見開かれた。  ひくつく鼻孔。  この匂いは何だ? 「血の匂い。お前、怪我をしているのか?」  黒衣の袖が常よりも長く伸ばされているから気付かなかった。  カインの左手の甲に赤い筋が見える。  驚愕の表情で己を見上げるアルフォンスに、カインはひどくバツの悪そうな表情を返した。

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