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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】約束はきっと儚い(13)
思いがけず狼狽えたアルフォンスの袖がくいと引っ張られる。
カインだ。
椅子に腰かけたまま、アルフォンスを見上げていた。
黒曜石の凝視に耐え切れず、アルフォンスの視線は黒髪のつむじのあたりでツンと立つ短い髪に吸い寄せられる。
彼の動揺を別の意味に捉えたか、カインの静かな微笑は寂しげだ。
「あなたを一生閉じ込めて僕の花嫁にしようってわけじゃありません。いつか国に返して差し上げます」
「あ、ああ……」
「ただ、今だけ……」
袖に加わる力が強くなった。
武人として身体を鍛えているはずのアルフォンスだが、あっさりとバランスを崩す。
よろめいた腰を、黒衣が抱き寄せた。
「ただ、今だけ許してください」
カインの膝に腰を下ろし背をゆっくりとなぞられるだけで、強張っていた身体が拓いていくようだ。
カインの額に唇が触れるほど近く。
この距離だと、黒曜石の熱い視線を受け止めるしかない。
「あなたを抱きたい。抱かせて」
「……だめ」
反射的にふるふると首を振るアルフォンス。
自分でも驚くくらい声は弱々しかった。
カインの指がアルフォンスの黄金の髪の中にもぐりこむ。
「じゃあ、キスしてもいいですか?」
「……だめだ」
「無理ですよ。そんな可愛い顔で言われても」
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