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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(1)

 カイン王がいよいよ婚約するという噂を聞いて、ディオールは心臓が嫌な音をたてるのを自覚した。  よもや相手が自分の元主人、弟同然の幼馴染ではあるまいかと勘ぐったのだ。  どうやらそれは違うようで、胸を撫で下ろす。  王位を簒奪した宿命か、カイン王の足元は盤石とは言い難かった。  軍を掌握しているからこそ今のところ表立って反逆する者はいないが、その優位を失ってしまっては権力の失墜は目に見えている。  軍との結びつきをより強固にするために、これまでも有力者の娘や姉妹との婚姻話は何度も上がっていたらしい。  いずれも立ち消えになったのは、おそらく王が乗り気ではなかったからだろう。  しかし情勢は日に日に王にとって良くない方向へ転じているように感じる。  先だっては城内で斬りかかられたというではないか。  敵国の王弟に熱をあげ、花嫁のように囲って夜ごと睦みあっているという──そんな下衆な噂も、カインの立場をより不安定なものにしていた。  不穏な気配が城内に立ちこめている──そうは思うものの、ディオールは何もできなかった。  この国に来て間もないし、自分が王の実弟であると発表されたわけでもない。  第一、実感もなかった。  さらにいえば居場所もない。  しょせん自分は裏切者なのだ。  そう思うたびに心に刺さった棘は増えていく。

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