99 / 180
【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(3)
一点を凝視する翡翠色の双眸。
手元の紙に何か書きつけているようだ。
ディオールは口元をほころばせる。
昔からそうだ。
王弟であり軍指揮官という立場のアルフォンスだが、何かに集中すると途端周囲が見えなくなる。
軍人としてそれは弱点に違いないが、ディオールはそんな弟分を見るのが好きだった。
アルが余所を向いているなら、自分が彼を守ってやらなくてはならないと。
視線に気付いたか。
ふと、金色の睫毛が震える。
「ディオ?」
果実のように潤む唇が己の愛称を紡ぐ様を、ディオールは呆けて見つめていた。
「ア、アル……」
駄目だ、何か言わなくては。
翡翠が訝し気に細められたではないか。
だからといって兄のように「きれいだ」などと歯の浮く台詞は口にできない。
ディオールは自分が相当不器用だと自覚していた。
だから選びに選び抜いた言葉はひどく凡庸なものとなる。
「その……大丈夫か?」
失敗したと悟ったのは、美貌に「不機嫌」の表情が張りついたから。
ともだちにシェアしよう!